活動報告

「オモロイ坊主と歩くタイツアー」

3月17日より8日間、「オモロイ坊主と歩くタイ・ツアー」を実施しました。

日本からの参加者が5名、タイからは藤川和尚をはじめ、
コラート在住の中村詔通さん、現地でコーディネイターを務めていただいたフォトグラファーの泉裕さんに参加していただきました。
他にも、旅行中にはメソットにお住まいの白倉さん、
インパール作戦に参加した経験をもつ中野さんをはじめ多数の方に
お世話になり、大変思い出深いツアーとなりました。

3月7日、冷たい雨の降る東京から、30度近いバンコク・ドムンアン空港に
降り立ったときは、体温調節もうまくいかず、目の前がクラクラするような
思いでした。
日本から参加した5人の気持ちは図らずも一つになり、
空港で藤川さん・中村さんにお会いするとすぐ、空港内の喫茶店に直行。
早速ビールでのどを潤しました。
藤川さんの前だというのに遠慮することもなく、
気楽な仲間でのツアーがこうして始まりました。
素晴らしいメンバーに恵まれたことが、
今回のツアーの楽しさを倍増させてくれました。




ツアーの全般を通じて、感じたことは「国境」の持つ意味でした。

バンコクから一晩かけてやってきたメソットで、ミャンマー側に一日ビザで入国をしました。
国境の橋を越えると、タイとはがらりと雰囲気が変わります。
道の悪さや物資の少なさはもちろんですが
日陰でたむろしているバイクタクシーの目つきのぎらつきなど
タイ側では感じられない貧しさと仕事のない男たちの苛立ちを感じました。

>>メソットエピソードへ

その翌日には、メソットからチャーターバスにのり、
ミャンマー国境にあるカレン難民部落を訪れました。
国道に沿ってキャンプを囲う柵が長く長く続いています。
ビルマからの難民にはその柵の中で暮らすことのみ、
タイ政府から許されているのです。
警察が警備しているゲートをくぐり目にしたのは、
ビルマやラオスの田舎町で見られるような葉を葺いた屋根の高床式の家と、
無邪気な子供と働く女たちの姿。
「難民キャンプ」という言葉からイメージする悲惨さは感じられず、
むしろ東京の子供たちよりも生き生きとしているようにさえ感じました。
彼らにはNGO団体が協力して、教育制度も十分にあるそうです。
しかし、子供たちにとっては、どんな将来を夢見ようとも、
今の状態ではこの柵の外での人生は難しいということを考えると、
いろいろな思いが巡ってきます。
結局、多くの男の子は20歳になる前にゲリラとして戦場へと
行ってしまうといいます。
この大きな矛盾を解決する道はあるのでしょうか?
国境や政情に翻弄された難民たちが自由への夢を託した子供たちの将来は
どうなるのでしょうか
?

単純な私の疑問に、コラートで子供のための施設を運営していた経験のある中村さんがこういいました
「今の子供たちには自由がないけど、自由になった時から何かをはじめても遅いんだよね。
 未来はよくなる、そう信じてあげないと・・・」
果たして、この子たちと私たちが「関係ない」と言って、見ぬ振りをしていられるのでしょうか?
まっすぐな視線が、私を問い詰めているようにさえ感じます。

>>藤川さんの難民予備知識

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