活動報告 |
| 「おもろいボウズと歩くタイツアー」 |
メソットで出会った二人の日本人。
一人は中野弥一郎さんという82歳の方。
ビルマ戦線で生き残り、そのままビルマに「日本人」であることを
明かさずに生きてきました。
そしてビルマの革命でタイへ家族で逃げてきて、
メソットで30年来暮らしていらっしゃいます。
60年前の「国境」に翻弄されながらも、
その姿は強さを感じました。
>>中野さんのインタビュー
他にも、メーホンソンで日本人の慰霊碑を見学、
地元の比丘に供養の読経をしていただきました。
60年前に日本人がこの地で何をしたのか、何を感じたのか・・・
それを伝える人がどんどん少なくなっています。
今の日本に暮らしている限りは、遥か遠いタイ・ビルマの
ジャグルでの経験を想像することさえ出来ないかもしれません。
こうして現地に行くことや話しを聞くことができたことは、
本当に貴重な体験だったと思います。
>>インパール作戦予備知識(藤川)
そしてもう一人はカレンの野戦病院で働く藤川さん。
実に飄々とし佇まいでしたが、このハードな環境に飛び込んでいく
その意気込みは悲壮な使命感、というより、
むしろ自分の知識を最大限に生かす場所を楽しんで選んでいるようにさえ見えました。
メーホンソンで有名な首長族の村にも行きました。
首長族−北部タイでの呼称は「パダウン族」(自称は「カイヤン」)−は
当初、ビルマ政府の迫害により難民として国境を越えてやってきたところを
タイ政府に「発見」され、いまや北部タイの一大観光名所となっています。
予想と違っていたのは、普通の首の人と首輪で長くしている人がいることでした。
(水曜日や満月に生まれた女の子が首輪をつけるという仮説があるとのこと)。
もはや観光用ともいえる首長族。彼らにとって
これが幸せだとは言えないのかもしれませんが、
とはいえ、こうしていくほかには現金収入の道はありません。
>>首長族の村
この一本の国境を隔てた二つの国には、あまりに大きすぎる
ギャップがあるのです。
ほんのわずか、数キロの違いで人生は変わってしまう。
日本にいてはなかなか気づかないことですが、
「国境」は運命のすべてを決めるような大きな意味があるのです。
「あちら側」と「こちら側」では事情、国情が違うだけでなく、
正しいかそうでないか、という判断さえ、
その人の立っている場所がどこなのかによって
違うことを感じることが多い旅でした。