[2]子供の教育は母親の胎内から
とはいえ、『道徳なんて糞食らえ!』と考えていた当時の私も、
曲がりなりにも『親心』は持っていました。
十月十日もの長い間、自分のお腹の中で子供を育てる母親と比べ、
父親である男性が親としての自覚を持つにいたるには、
大なり小なり時間がかかるものです。
私も、産まれたばかりの娘と病院で初めて対面したとき、
周りの人たちから
『オメデトウ。目元がお父さんに似て可愛らしいお嬢さんですよ』
と祝福されても、
『このシワクチャな猿のような顔したのが本当に俺の子供かいな?』
という感じで、
正直言って、親になった感激も、『俺の子だ』という実感も湧いてきませんでした。
それどころか、出産祝いにと妻の実家や友人たちからいただいたお金を、
『こりゃ有り難い。臨時収入だ!』と言わんばかりに、毎晩飲み歩く始末・・・。
そんなエエカゲンな親でしたが、娘が成長するにつれ、可愛くって可愛くって仕方なくなり
『俺は親としては自信も資格もないが、
この子の成長に合わせ、この子に恥ずかしくないように、
この子と一緒に成長し、この子の一番の親友として良き相談相手になりたい』
と思うようになりました。
また、『自分の娘が俺のような道徳を無視した男に犯されたらどうする?
息子が俺のような無法者に絡まれ殺されでもしたらどうする?』
そんなことを考え出したころから、
社会秩序の必要性を考えるようにもなりました。
しかし、やはり私の子供たちが立派に育ってくれたのは、
母である別れた妻の力が大きい。
というよりむしろ、すべて彼女のお陰だと言ったほうが正しいでしょう。
私の話は極端な例だとしても、
一般に、子供に与える影響は父親からより母親からのほうが大きいと私は思います。
特に、ただ食べさせ、学校教育を受けさせるだけではない、本当の意味での子育て、
子供の教育、道徳心や慈しみの心を育てるためには、女性の力が重要であり、
欠かせないと・・・。
私たち人間は、まず母親を真似て母親を手本に社会に適応する智恵をつけていきます。
ものごとの善悪を判断する基礎は、母から教わるのです。
『これを触っては危険だ』とか、『これを口に入れてはいけない』とか、
『この行為はしてはいけない』とかいう、
人間として社会の中で生きていく上で欠かせない判断の基礎的知識や、
道徳心、慈しみの心などはまず母から学ぶのです。
それは生まれてきてからだけではないのです。
母親の胎内にいるときから、
もっと厳密に言えば性行為により精子と卵子が結びついた瞬間から、『生』が始まり、
その時点から母親を通じ、人間として生きるための知識を吸収しながら成長するのです。
母が耳で聞き、眼で見て、皮膚で感じ、頭で判断することは、
すべてお腹の子に伝わっているのです。
子供の教育とは、子供が産まれ出てきてから始まるのではありません。
母親のお腹に宿った瞬間から始まるのです。
それ故に子育て中の女性は、心身ともに健全で安らかな日々を過ごす必要があり、
子の父親である男性は、子育て中の女性が平安で健やかに育児に専念できるよう、
護っていかねばなりません。
それが父親としての子育ての責任と義務だと私は思っています。
|