一言講和

番外編・藤川さんのデジカメ日常記

12月29日

ミャンマー・メッティーラよりう無事タイの自寺に帰ってまいりました。
滞在時の写真をいくつかご覧ください。

  

日本語教室のあるゼゴン僧院のパコダ。教室はこのパコダに囲まれた一角にある

  ←授業風景



試験会場のヤンゴン外国語大学の校門での受験生とダンマタラ師。
試験はヤンゴンとマンダレーの2ケ所の会場で行われ、
メッティラーの生徒たちは2ケ所あわせ40人ほど受験した。



メッティラーの郊外にある尼寺を訪れました。










この写真は17歳と18歳の尼さんでカメラを向けると
恥ずかしそうに顔を伏せていました。

写真の真ん中の尼さんは現在72歳で、
子供の頃に日本兵が
村に逃げて来たのを覚えていると言う事で
『日本兵は村へ来るなり
“イギリス兵は来ていないか?と聞くので、
“来ていない”との答た。
“卵をくれ”と言ったので、家にあった卵を渡すとすぐに出て行った』と語っていました。
私が『日本兵は恐かったか?』と聞くと
『日本の兵隊さんは、悪い人も居たが、
良い人も居た。
だけどタイまで歩いて逃げて行くと言っ
たので可哀想だった』と話してくれた。


マンダレーから50kmほど東北へ行った所にある
ハンセン病の人達が住んでおられる村へ慰問に行ってきました

  
















(上左)慰問品を受け取りにあつまられた患者さん


(下)ハンセン病の帰りに寄ったマンダレーのお寺で
仏像に金箔を貼る比丘と信者



ミャンマー最後の3日間泊めて頂いたヤンゴンの鎌倉寺。
この寺は福岡の世界平和パコダに居られる、
ミャンマー人比丘がインパール作戦の戦友会と遺族会の基金で立てられた。

  

 

(左上)門と泊めて頂いた建物
(右上)鎌倉寺の近にあった昔の面影を残す寺(現在は使われていない)
(左上)鎌倉寺に奉ってあった日本から送られてきた仏像


 

(左)食事や洗濯など何かにつけ世話を焼いてくれた少年僧
(右)托鉢に出かける小僧


シュエダゴンパゴタ
  

パゴタに祈る乙女
 

パゴタに祈る人たち
 





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