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10月10日
初めての四国遍路一人歩き・2001年5月の日記から 一番札所のベテ遍 一番札所、霊山寺前の民宿「阿波屋」に宿を取り、荷物を預け、 まずは霊山寺に行き遍路用品を買い揃える。 ここは観光で訪れる人も多く賑わっていた。 時間があったので二番札所の寺まで足を伸ばすことにする。 途中でベテラン風の年配のお遍路さんと知り合う。 奥さんの供養とか・・・もうお四国は三度目だそうだ。 お経のあげかた、お参りの仕方、あれこれ教えてもらう。 その時の会話。 私 「どこからいらしたんですか?」 ベテ遍「東京です」 私 「うちも母が東京ですが、どちらですか?」 ベテ遍「いやー東京と言っても隣なんですよ」 私 「えっ? 隣ってどこですか?」(と、かなりしつこい) ベテ遍「・・・松戸です」 なんだ!同じじゃない! 松戸の人間は、すぐに見得をはって「東京です」っていうのよねー まったくはっきり言いなさいって! それから、宿も一緒なので夕食の時に色々とお話を伺う。 今日、結願※の人もいて、皆でビールでカンパイ! いいのかなー初日からこれで・・・。 ※結願<けちがん> (1)〔仏〕 日数を定めて仏に願をかけたり、修法(ずほう)をしたりするときの、 最終の日。また、その日の作法。転じて、行事が終わること。 興行などが終わること。千秋楽。(「大辞林 第二版」より) 行程の中で、やはり藤井寺〜焼山寺が難所とのこと。 山の中に良い宿があるので是非泊まるように、 急がずに回りの景色を楽しみながら行った方が良いとアドバイスを受ける。 民宿の「青空」「高地屋」が良いとか、現地情報は流石。 宿の人からも女性の一人旅は車のお接待を受けないようと注意を頂いた。 お酒もご馳走になり、まだ9時なのにも〜う眠い。 明日は5時起き(宿の朝食は5時からなのだ! ヒエ〜)の予定。 ところがいざ布団に入ったら、 神経が高ぶって寝付けずもんもんとして朝を迎える。 結局、5時半にはしっかりと朝食を食べていた。 阿波屋の夕食 刺身、酢の物、煮物、天ぷら。 朝食 しらすおろし(大根が辛くて美味しい)、卵、のり。 6時45分に宿を出発。 昨日知り合った松戸の老人の車で三番札所へ (誰だ、「歩き遍路」なんて威張っていたのは!)。 ここで車を降りて“さよなら”と別行動。 「慌てずに納め札を納めなさいね、 では、松戸でまた体験談を聞かせてください」 その言葉に不覚にもぐっとこみあげるものが・・・。 今朝は結願の人から遍路バッジをお守りにと言って頂いたし、 宿の人や町の人から「気を付けてね」と温かい声を掛けてもらった。 こんな事、久しく忘れていた事だ。 なんと温かみのある世界だろう。 松戸でも人の繋がりを大切に暮らしているつもりだったけれど、 何か違う、何かが? 四番札所に向う途中で何度か道が分からなくなる。 ふと、立ち止まって見ると、遍路道の案内板や 同行二人の小さなシールが貼ってある。 これに随分と助けられた。 道を歩く時は、下ばかり見ていても、景色にみとれていても、 目の高さにある案内板を見失う。 すっと顔を上げて前を向いて歩いていると ちゃんと分るようになっているのだ。 生きる事も同じで、顔を上げて生きて行けば、 自ずと自分の進む道が分かるのではないか。 疲れて下ばかり向いていても、 浮かれてよそ見していても迷子になってしまう。 今や、遍路道の80%が舗装された道で、 日差しの強い時は照り返しがキツイし、 何より足に負担が掛かって痛い(これで藤川さんは膝を痛めた)。 お遍路って言うとわらじを履くのでしょうと 随分聞かれたが(いつの時代だと思っているのか)、 足元はしっかり登山靴です。 テーピングは必須と結願の人が言っていたので、 素直に従ったが、それでもこれからの道中、まめで悩まされることになる。 さて、いよいよ次回に藤川さんが登場します。今回はこれまで! |