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2月3日
初めての四国遍路一人歩き・2001年5月の日記から


総集編『遍路道で出会った人達』

サボりながらの私の文章に、
気長にお付き合いくださいまして有り難うございました。
書こう書こうと思いながらつい先送りで、
担当の方にはご迷惑をお掛けいたしましたが、
この回をもちましてしばらく休載させて頂きます
(やったー! やっと解放されるぞ)。

この2月から、本業の劇団活動で大きなイベントがスタートします。
二十世紀ナシが結ぶ鳥取県と松戸市の交流事業の一つとして、
7月に鳥取県で、10月に松戸市で芝居の公演を致します。
お近くに住んでいらっしゃる方、是非観にいらしてください。
お待ちしております。
というわけで今回は総集編『遍路道で出会った人達』
ババン!
(すいません私講談もやっていますもので)。

まずは、何でも教えたがる説教型。
聞いてもいないことを長々と喋る(そこにいる貴方、身に覚えはありませんか)。
場所は食堂に多く出没する。
ビール片手に、自分は何回廻って
どんな苦労をしたかをご機嫌で声高に喋る。
場所が場所だけに、こちらも食事が終わらないと退散できない。
他人の気持ちなどお構いなしだ。
そして決まってこのセリフを連発する
「頑張んなさいね〜」。言われなくても頑張るよ、
と私も少し面倒になるが・・・
イケない、遍路は謙虚に何にでも感謝だった・・・
と、これは寛容であることを教えられた。

次に、一緒に飲みたがる下心型。
最初に出会った松戸の遍路の方が、とても良い方だったので、
食堂で誘われ極力付き合っていたが、
これが危ない! 
部屋に引き上げても誘いに来る。
・・・トントンもう寝ましたか? と来たもんだ。
これは用心(いくつになっても)ということを教えられた。

次に遍路ハイキング型。
身支度も靴もチョッと自宅から散歩に、といった普通の格好。
杖も納め札も持っていない。
だらだら歩いているので道端でへたっている。
何度こういう人に私もお接待しただろうか、宿の心配、食事の心配。
それなのに、お礼の言葉一つ返ってこない! 
おっといけない。これは見返りを求めないということを教えられた。

そして変身型。
ある駅で会ったのだが、身なりは托鉢の僧侶。
しかしうさんくさい俗っぽさがぷんぷん匂う。
「私は人を救うために歩いている・・・
もう一年半も四国を歩いているのだ・・・
貴方も人のために歩いて下さい・・・
人を救ってください」だと。
冗談じゃないよ! 
私は自分のために歩いているんだし、
人なんか救えないよと心の中で言って、ほとんど無視をした。
近所の商店の人が言っていた。
もう3回ぐらい通っているけれど、
初めはよろよろのジーパンとTシャツで来たのだが、
次は立派な墨染めの衣姿で、高野山と書いてある
ずた袋を提げて托鉢に来たという。
貴方この前ポットにお湯をもらいに来た人よね、というと黙って帰ったという。

近頃は変った人が多くなったと、その商店のおかみさんも言っていた。
それから、四国を目的も無く歩くのはまあ良しとしても、
他人に何かしてもらうのを当たり前のごとく思い、
四国ではなるべくお金を使わないという人もいた。
だが、野宿で済ませるといっても、
ゴミとトイレは土地の人のお世話になるのだし、
何かの形でお返ししなくてはいけないのではないだろうか? 
しかしその変な人の多くが男性とは???(甘ったれるのもいい加減にしろッ!)。

とまあ変な人の話が続いたが、最後に楽しかった思い出を一つ。
最初の宿でも勧められたが、その後あそこは良いと何度も聞いた、
難所といわれる藤井寺と焼山寺の間の山中にある
「柳水庵」という遍路宿のこと。
ここには絶対に歩かなければ行かれない。
一気に山越えをしないで景色を楽しみながら歩き、
柳水庵に泊まるべしとのベテ遍の教えに従い宿をとる。
しかし、到着するまでが私にとっては緊張の連続。
まず出発の藤井寺で山道に足が踏み入れられず、
45分も止まる。何が怖いってまず、
高い所(高所恐怖症なもので)、
次に変な人に会わないか(獣より怖い)、
そして無事たどり着くか(難所と聞かされ過ぎて)、
ということが心配で歩き出せなかったのだ。
ようやくスタートするも、最初の20分で顎が出る急な山道。
親切に木で階段を作ってあるのだが、それが却ってあだになる。
背の小さい私には、企画の一段が辛いのだ。
山道は自然のまま人が踏み均したのが一番歩き易いことを実感。
それにしても、流石ここは歩く道、
通常会わない歩き遍路の人と出会ったが、その怖かったこと。
人気の無い山中で、姿は見えないが人の歩く気配がし、
杖に付けている鈴の音が遠くから聞こえてくる。
口から心臓が飛び出そうな怖さだ(きっと相手も同じ気持ちでしょう)。
昼食も、とても腰を下ろして食べる気分ではなく、ふかし芋を立ち食い。
でも作務は忘れず「どうぞおあがりください」と一口を山の中に。
結局柳水庵まで逆打ちのお遍路さん一人、
中年のお遍路さん一人、蛇一匹と出会う。
もう疲れきっていたので、蛇にあっても怖がる気力無し。
それにしても足腰の弱さを実感。膝も腰もガクガクいわせて
ようやく柳水庵にたどり着いた。
しかし上には上(?)がいて、
私の後から来た男性は、山から後ろ向きによろめくように下りてきた。
行き倒れ寸前といった感じで、遍路の身支度も杖も納め札もなく、
ただ黒いこうもり傘を杖代わりにしていた。
何か事情がありそうだが、遍路はお互い理由を聞かないのがマナー、
いや気遣いなので色々に想像する。
さてそれから30年ぶりの五右衛門風呂に入り、
湯上りは縁台でビールとしゃれこむ(これでも遍路で・・・ある)。
宿の主は80過ぎのお父さん。
奥さんが留守とのことなので、見かねて布団運びから食事の片付け、
茶碗洗いもする。
もちろん隣の男性の分も。
その結果、隣人からビール、お父さんからせんべいやまんじゅうをお接待してもらう。
山中の一軒宿という環境といい、お父さんの人柄といい、
素朴な建物と懐かしい五右衛門風呂・・・、
これが皆が憧れる柳水庵、
私も後を継いで堂守をしたくなった
(あ〜、こう書いているうちにもう一度行きたい! 
ここは行ってみなければ、その良さは分からない。
私の拙い文章では表現しきれない)。

襖一枚隔てた向こうは男性、
一寸緊張する一夜だ。
明日も天気になることを願う。
お父さんは水戸黄門を見ているようだ。
主題歌が聞こえてきた。
隣はもう寝たようだ。
私も足の肉刺(マメ)の治療をして寝ることとしよう。
午後8時33分、お四国一の難所といわれる山中の夜は、
ゆっくりと更けていった・・・。

ということで、
これにて一人歩き遍路第一巻の読みきりとさせて頂きます
(バンッ!)。
ではまたいつの日か、この続きを! 
皆さんありがとうございました。

>>第1回 5月24日の日記から

>>第2回 一番札所のベテ遍

>>第3回 大日寺で

>>第4回 「お姉ちゃん偉いね〜」の嬉しさ




<参考資料>
タイトルをクリックすると、そのページにリンクします。

人はなぜ、四国遍路に出るのか。「こころ砂漠」の時代のお遍路事情に迫る。
平成お遍路
<読売新聞大阪・(2000年5月から2002年4月まで、四国各県の地域版紙面に掲載)>

四国霊場八十八か所お遍路弘法大師の御心をたずねて
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