タイで三日坊主!

平穏な日々!

1月2日
昼に藤川さんが「フイルム1〜2枚有るけぇ?」と来るから
何かと思えば知人がいるから撮って欲しいというものだった。
庭先でナコーンキリーの山をバックに
藤川さんと信者さんとケーウさんを入れて十人ぐらいの集合写真を撮った。

↑藤川さんのタイでの親戚に近い縁者の方々。
  藤川さんの隣にいる黄衣のケーウさんも、ここでは身内です



藤川さんにこの寺を紹介したか、
この寺に来る切っ掛けになった関係者ではないかと思う。
ケーウさんも血縁者のようである。
その後、しばらく外でくつろいでいた比丘達を撮っていたら、
コップくんが「カメラよこせ!」と言う。
コップくんだから信頼して渡したら、
本堂のほうへ走って、デックワットと乞食の喧嘩を撮り始めた。
コップくんが撮ったところでピントも露出もフレーミングも合ってないだろう。
そこへケーウさんが喧嘩に加わった。
突進して来て乞食に、
飛び膝蹴り〜!
さらにパンチ、
廻し蹴り連打!
あっさり乞食を寺から追い出してしまった。
俺がカメラ持って撮ればよかった。
しかし比丘の暴力は戒律違反でしょ!
お釈迦様が
「悪い奴を見つけたら真空飛び膝蹴りを食らわしなさい!」
と言ったなら私はとっくに藤川クソジジィに飛び膝蹴り及び
もつれたフリしてコブラツイストを仕掛けたことだろうが、
しかしケーウさんの突進力は凄かった。
以前も寺にいる野良犬が何か悪さをしたのか、
ケーウさんが角材持って追いかけたことがあった。
あれで殴られれば犬だって痛いことは想像出来る。
殴られた犬は後ろの片足びっこ引く、
車に撥ねられたであろう身体障害犬である。
藤川さんも「あの犬はやめといてやれ」と言ったことがあるらしいが、
ケーウさんは容赦なく殴った。
犬は堪らず逃げて寺の裏側の排水用の溝に隠れた。
しかしケーウさんは寺を一周して捜し回り、犬を見つけた。
犬は吠えて威嚇する。
ケーウさんが角材を振りかざすと、
犬は声を擦れさせて“やめてくれ”と言わんばかりの泣き吠えになった。
そこを振りかざして止めて、
フェイントかけて殴りつけた。
来ると思って来ず、来ないと思ってると来る。
悲鳴は人間と似ていた。
正に“キャイ〜ン”である。
さらに逃げるところを殴りつけて終った。
二階の藤川さんと眼があったケーウさんはニヤッと笑う。
藤川さんもケーウさんにはやりきれない表情だった。
私も掃き掃除していて手の力が抜ける思いがした。
ちょっと犬が可哀相すぎる。ケーウさんは心が荒んでいるようである。
詳しい事情は忘れたが、ケーウさんの親族内での話で落ちこぼれ
(か、どうか知らんが)のケーウさんの行き場を
このタムケーウ寺で坊主やらせることで収めたと聞いたことがある。
頭の良い器用なお坊さんだが、
過去には面白くないことがいっぱいあったのかもしれない。
そしてこの日の乞食追い出し事件。
ケーウさんにとって修行は役にたっているのだろうか。
これから変わっていくのだろうか。
この犬はその後、姿を見なくなった。




↑本堂近くで乞食とデクワットのケンカ。
 このあとケーウさんも加わる(写真はコップくん)


↑私と趣味の合うケーウさん。
 ムエタイの経験もあるというから、喧嘩も強い。
 お坊さんがこんな格好をしてはいけません。


1月3日
昼のニーモンに行く六人の中に私が呼ばれた。
行くのはコップくん、ノーイさん、ヌゥンくん、エーくん、
栃ノ和歌さん(似てるだけ)と私。
軽四タクシーが迎えに来て10時30分に出発。
牛や鶏がいる田舎の田んぼの山道に入り、民家の野外での、
新築に際してのお清め儀礼だった。
読経は長めでちょっと辛い。
出来ない私はより辛い。
昼食が施されてホッとするひと時となった。
喉も渇いていて冷たい水も美味しい。
デザートも生菓子にアイスクリームとフルーツも用意されていたが、
食事中、フッと考えてしまった。
この前、藤川さんが言ったこと思い出して考えた。
「俺、詐欺みたいなもんだな。
 黄衣着て座っているだけでこんな飯喰えてお布施もらって行くんだ。」
そう考えると情けなくなって泣きそうになってしまった。
本当に涙出そうになった。
そして堪えた。
信者さんがせっせと比丘の為に地面に茣蓙敷いたり食事を運んだりしていた。
その施しを受ける側に俺がいる。
信者さんがかわいそうである。
こんな俺に丁寧にしてくれるなんて。
全く詐欺そのものではないか。
タイで出来ることのひとつであったムエタイの試合に出る事。
しかしこれはあらゆる条件を考えても私には無理な話。
そしてそれに代わるタイで出来る価値ある事はお坊さんになることだった。
そして刺激を受けたテレビで見た比丘のドキュメント番組。
そして単に黄衣をまとって見たかっただけの私。
仏教の基礎知識もなく得度を迎え、
修行とは言えぬ二ヵ月を過ごした。
こんな程度の私である。
坊主やっていてはいかんと思った。
食事を囲む五人の比丘には気が付かれぬように汗を拭いた。
帰りは一人づつバイクで送られてのお帰りで最後まで申し訳ない気持ちだった。
寺に帰ってからも考え続けた。
こんな自分が僧侶をやっていることへの反省。
そして夕方、いつもどおりの庭掃き掃除をしている時、
初めて“還俗”の具体的時期を考えるようになる。
還俗に関しては“本当に三日しか保たない”と思っていた頃から
常に考えていた課題であった。
“目標100日!”を目指したものの、
特に日数にこだわることはないと思うようになっていた。
その切っ掛けになったのは今日のニーモンと
ラオスから帰った後で頂いた伊達くんからの手紙だった。
彼の1月29日にチェンマイで雪辱戦をやるというもの。
この手紙はずっと意識に残ってしまっていた。
私のこの日本からの旅も伊達くんの試合から始まったものである。
そんなことで還俗を早めていいのかという葛藤もあったが、
ラオスから帰ってからの日々は目標もなくただ日数をこなすだけだった。
「目標100日までひたすら掃除とお経を覚えることと
瞑想に没頭することで自分を磨く」とも考えた。
そしてちょっとした無知が還俗を早める方に見方してしまう事情もあった。
ノンカイに行ってあの河沿いの寺で再得度しようと思ってしまったのである。
ワット・ミーチャイターであと二週間やれば
目標日数を通算で100日オーバーになる。
そして還俗希望日を1月27日と予定した。
(再得度は簡単にやれるものではないとは後に知ることとなる。)。

1月4日
ビンタバーツで後ろからの人影に驚く。
ヒベが着いて来た。
寺を出る前、ヒベの声が聞こえたから気色悪いとは思ったが、
あいつがこんなに早くビンタバーツに出るとは意外だった。
最近は朝寝ていたり、いかにも黄衣もまとわず
バーツも持ち出していない、
ビンタバーツには行っていないのがわかるグータラさが目立っていた。
和尚さんに何か言われたのだろうか。
そんな雰囲気は寺の中であったのも事実だった。
ヒベはニヤッとして我々を追い抜いて先を行った。
一緒には歩きたくないものだ。

午後にケーウさんに還俗の申し出かたを聞いてみた。
別に特別な申し出かたはないという。
「29日に仕事があるなら
和尚さんにそれに近い日にしたいと伝えたほうがいい」と言われた。
ケーウさんも来年には還俗すると言っていた。
イアットさんにも「月末に還俗する予定です」と伝えた。
するとイアットさんもそう遠くないうちに還俗すると言う。
この二人は結構永い期間修行している比丘である。
この寺もいずれほとんどの比丘がいなくなりそうである。
<<戻る                      >>次へ


※チーオン(衣)の着方ならこのサイト。
 おなじみ、日本納骨堂の中原さんのサイトに
 クルクル着付け教室があるので、それを参考にやって見ましょう!
  


<バックナンバー>
>第1回・藤川さんとの出逢い

>第2回・得度の決意

>第3回・修行に向けての準備

>第4回・人生最後の式典・得度式

>第5回・苦痛の日々

>第7回・慣れた頃

>第8回・ビザ取得へ緊張のラオスへの旅(前編)

>第9回・ビザ取得へ緊張のラオスへの旅(後編)

囲む人々「一話一言」

堀田春樹「タイで三日坊主」

「おもろい坊主を囲む人々」でつなぐ、一話一言。
日ごろのことを思いつくままに、気軽に書いていただきました。

新連載は堀田春樹さんによる、「タイで三日坊主!」
堀田さんは現在、ボクシング中心に撮影しているフリーカメラマン。
9年前に行った3ヶ月間の出家体験記を連載します。
実は、この話、出家前(正確には、一時出家後、
本格的に出家をするべきか悩んでいる)ときの藤川さんと
出会ったことから始まります。

ラオスから帰り、平穏な日々。
しかし、脳裏には今後のことがかすめてきます。