タイで三日坊主!

平穏な日々!

12月26日
朝4時に起きた後、座禅五分だけやってみた。
藤川さんに言われたように心を無にする。
どうしても何か考えてしまう。
頭を過る度に、すべて振り払っていけばいいらしいが
なかなか難しい。
難しいことは考えず、形だけで終えた。
これは修行の一環と言えるものではなく
ノンカイ・ビエンチャンの旅の余韻を楽しむかのようにだった。
後、還俗に向けて少々ながら体力増強に腕立て伏せも始めた。
腹筋も背筋運動もスクワットもするつもりである。
しかしこれは戒律違反である。
走るとか運動をしてはならないのだ。
だから誰にも見られないようにである。

5時30分にはいつもどおりの日課に戻り、
藤川さんの部屋をノックしてビンタバーツに出た。
久々ながらどうしているかと思った御菓子おばさんも
綺麗なお姉さんも居なかった。
寺に戻る途中の、寺の裏門の火葬場に近いところに
我々がラオスに行っている間にバスターミナルが出来た。
以前から工事していた開拓された土地だった。
このターミナルはエアコンツアーバスは止まらない。
ブリキのおもちゃのような屋根にも
荷物を積める朱色のラインのバスが止まる。
当然エアコンはない。
バンコク行きとタイ南部に向けての始発または途中停車、
または終着のバスが止まっている。
このバスはバンコクに向かうにしても、
やたら途中停車が多く、ブリキの金筒持った車掌が
客引きしながら進む遅いバスだ。
椅子も固く狭く暑く、停車場では物売りが乗って来るし
眠れるものではない。
値段は高くてもエアコンバスに乗るべきである。
我々がバンコクに出た時も、
直行便の美人の女性車掌が乗る快適な青いエアコンバスである。
(美人とは限らない。ハズレもある。)

私の身体は下痢での体力低下を回復しようとしているのか
腹減ってしょうがなかった。
食欲は僧として過去最高だった。
我々がラオスに行っている間のこの寺に、
コップくんが頼まれ物を預かっていてくれていた。
私の得度式に参列してくれたキックボクサーの高津くんが
尋ねて来てくれたようだった。
アナン会長のジムの近くの私がいつも行っていた
ミニストアーのおばちゃんから「タンブンです」と
御菓子を預かって来てくれていた。
あと、高津くんからも格闘技通信と手紙を置いて行かれたようだった。
高津くんは私より早い7月にタイに来て、
この12月4日までに六試合こなしていた。
中には命も危ういKO負けも喫している。
私がグダグダとジジィの文句言いながら日々を送っている間に、
高津くんのほうがよほど厳しい修行しているではないかと
内心恥かしくさえ思えた。
そのタイ滞在最後の試合の後、我々と入れ替わるように
寺へ尋ねて来られたようで申し訳なかった。
ジムにも手紙を出しておくべきだったと反省した。
藤川さんには春原さんから来年のカレンダーが送られて来ていた。
ジジィに呼ばれて部屋に行くと十本ぐらいあったろうか。
「ノンカイの寺にどれをやる?
ここの和尚にどれやる?」開けてあるものは見たが、
開いてない物に対し
「ボケーッと見とらんと袋破れ!」とか
いちいちうるさいねぇこのクソジジィ。
本当にクソジジィだよ。
言うことが勝手すぎる。
「あなた宛に送られて来た物を
他人の俺が破るのおかしいでしょ!常識でしょ!」
と言いたかったけど、この寺に入ってからは
以前に戻ってしまうので言えなかったけどムカついた。
勿論言われてから封を開けましたけど、
それでは遅いんでしょうねぇ、クソジジィから見れば。
あとケーウさんからは春原さんと伊達くんからの手紙を頂いた。
春原さんからは頼んでおいた来年用年賀状が届いた。
得度式の写真で作った私製葉書タイプだ。
タイから送るので新年の既成挨拶文も年賀の印も無しだ。
なかなか日本のフジカラープリントはきれいであった。
タイの写真屋にも「これぐらいきれいに焼け」と言いたいぐらいだ。
もうひとつ春原さんから
ワールドボクシング増刊号が届けられていた。
表紙の見出しは「ジョー敗れたり・・・」。
興行権も立場的にも薬師寺が主役だが、
世間の注目は辰吉の去就にあり主役は辰吉。
「薬師寺勝つ!」ではなく「ジョー敗れたり!」に
辰吉の存在感が現われていたのが印象に残った。
記録でなく記憶に残る存在は悪役。
藤川さんも同じである。
伊達くんの手紙は
「来年1月29日にチェンマイで、この前ノンカイで敗れた相手と雪辱戦をやる」
というもの。
しかし私の還俗予定日は2月5日頃だった。
一緒に行けないのはしょうがないと諦めようと思った
・・・・・・・・・・・・!!!?!!!。

午後から他の寺での葬儀に行くようだった。
車に乗せられ田舎道のかなり遠い寺だった。
どのぐらいの読経かはわからないが、
行ってみりゃわずかな読経で終ることが多い。
この日はやや長めでも目立たないところに座った私は
結構楽な読経だった。
葬儀は
「クサラータンマーアクサラータンマーアパヤーカタータンマー」
から始まる
“タンマサンキニーマティカー”というお経である。
あともう少し覚えたが本を追っていても
「タンマー」がやたら出て来るが、
どのページの何行目のタンマーかはやはり追い着けない。
タンマとは仏法のことである。

夕方には以前のように庭掃き掃除をした。
木の葉は毎日落ちるし、掃いてもまた明日はまた落ち葉だらけである。
掃いても意味無いのではなく、
掃除という心を磨く作業を意識してのことだった。
掃いてる最中は高津くんのことや伊達くんのこと、
格闘技通信に活躍が載っていた、
私と藤川さんを逢わせる切っ掛けを作った立嶋くんのことが
やたら頭を駆け巡るのである。
勝ったり負けたり怪我したり、
挫折を味わったり立場は違うから比べられないが、
奴らのほうが頑張っているよなあと、
そしてこれから俺はどうすべきなのかと、
これからのことを考えるようになっていた。

 
↑コンパクトカメラ「ビックミニ」で撮ってもらったヤラセ写真です。
 左は水を入れているところでシャッターを押すように指示をして撮ってもらいました。

12月27日
今日のビンタバーツで
御菓子おばさんにも綺麗なお姉さんにも逢えた。
「しばらく見えなかったけど、どこ行ってたの?」と聞かれた。
「ラオスへビザ申請に行っていました。」と答えると
おばさんは「ホーッ!」と感心したような、
納得したような、
安心したような微笑みで返事をしてくださった。
午後、写真屋と郵便局へ行こうとすると
バスターミナルの三輪自転車のサムローの兄ちゃんが
「どこ行くの?乗って行け!」と言うがタンブンなのか、
客引きなのかわからない。
「近くなので・・!」と断ったが、
タイ人は近くでもサムローに乗るから断るのも神経使う。


12月28日
5時30分に藤川さんの部屋をノックしたところで
比丘のヌゥンくんが藤川さんと私に何か言う。
詳しくはわからなかったが以前、
藤川さんから聞いたことある集団出張托鉢のようだ。
(実際はこう呼ぶのではないだろうが)
頭陀袋は二つ持った。
7時過ぎに歩いて行った先は学校。
(中学校だろう)
学生や比丘がいっぱい居た。
一端椅子に座らされミルクと揚げパンを出され、少々リラックス。
どこからか聞こえて来た読経の後、
ドッと立ち上がって集団ビンタバーツが始まった。
私の寺の連中がどこなのかわからなくなるぐらいの人の山。
ビンタバーツと言えるものではない。
学生がやたら騒いで頭陀袋に施し物のジュース、米、
缶詰、御菓子を詰め込んで行く。
いっぱいになるとデックワットが二つ目の袋と交換してくれた。
その袋もすぐいっぱい。そこでもう帰るらしかった。
とても“神聖なビンタバーツ”とは言えないだろう。
学生らはゲームを楽しむかのように、
我先にと詰め込もうとする。
人の群れはイジメに近かった。
戸惑った私がそう感じただけで冷静に見れば
面白い儀礼だったかもしれない。
普段サイバーツなどしない学生たちへの
徳を積む場を与える機会だったのだろうか。
詳しくは聞くのを忘れてしまった。

昼に葬儀場で少々の椅子運び作業があった。
そこでスパープくんと世間話をした。
スパープという名前は辞書に載っているとおり
“上品な”という意味があるが、
藤川さんだけはスパープくんを「タイ」と呼んでいた。
これはパークターイ(タイ南部地方)の“ターイ”だけ取ったものだが、
「キヨヒロが勝手に呼んでいるんだ」と言う。
スパープくんはペッブリーからさらに南に300kmほど行った
チュンポーン県の出身であった。(字で言えば“チュムポーン”になる)


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※チーオン(衣)の着方ならこのサイト。
 おなじみ、日本納骨堂の中原さんのサイトに
 クルクル着付け教室があるので、それを参考にやって見ましょう!
  


<バックナンバー>
>第1回・藤川さんとの出逢い

>第2回・得度の決意

>第3回・修行に向けての準備

>第4回・人生最後の式典・得度式

>第5回・苦痛の日々

>第6回・バンコクへ初出勤

>第7回・慣れた頃

>第8回・ビザ取得へ緊張のラオスへの旅(前編)

>第9回・ビザ取得へ緊張のラオスへの旅(後編)

囲む人々「一話一言」

堀田春樹「タイで三日坊主」

「おもろい坊主を囲む人々」でつなぐ、一話一言。
日ごろのことを思いつくままに、気軽に書いていただきました。

新連載は堀田春樹さんによる、「タイで三日坊主!」
堀田さんは現在、ボクシング中心に撮影しているフリーカメラマン。
9年前に行った3ヶ月間の出家体験記を連載します。
実は、この話、出家前(正確には、一時出家後、
本格的に出家をするべきか悩んでいる)ときの藤川さんと
出会ったことから始まります。

ラオスから帰り、平穏な日々。
しかし、脳裏には今後のことがかすめてきます。