タイで三日坊主!
バンコクへ初出動!
11月14日。朝のビンタバーツから帰ると
バンコクへ出る準備してすぐ出発。
8時のペッブリー発のバスでバンコクへ向かう。
普段からほとんど会話してない藤川さんといっしょに居るのは
すごいプレッシャーだった。
10時にサイタイマイターミナルに着くと
藤川さんは「4、5日したら頭剃るからカミソリ買うて来い。」と言う。
その辺の出店に売っているらしいが捜せなかった。
しょうがなくセブンイレブンで髭剃り用の3本セットの安いのを買った
。あと3回の剃髪分あれば還俗までもつと思った。
しかしジジィは「これじゃない、違〜う!」と言う。
ムカ〜ッときて「今度買います!!」と
語気を強めてぶっきらぼうに言ってしまった。
「もう一回行って来い」などと言われたら突っぱねる気だった。
こんな反発したのは初めてだった。
「悪けりゃ還俗する」そんな気になっていた。
ちょっと外出ると強気になるものだなと思った。
日本に居た時もそうだ。
家の中にこもっているとどんどん弱気になっていく。
ちょっと買い物に外出るだけで行動力が湧くものだ。
そして「ここに人が迎えに来る。」と言う。
誰が来るのかと思ったが10時30分に一台の乗用車が来た。
来て頂いたのは中年の日本人女性。
藤川さんの知り合いで長銀に勤務する方の奥さんで
佐藤さんという人だった。
もう一人お手伝いの若いタイ人男性のタンくん
(私の知人に似てるだけ)が運転手としていらっしゃった。
前もって今日の活動のお手伝いをお願いされていたようだった。
その佐藤さんの車に乗せてもらいまず
スリウォンに向かった。
この日も藤川さんは舌好調!
車の中は藤川さんの笑い声ばかりが響いていた。
佐藤さんも優しく陽気な方で調子を合わせてくれたいた・・・この時は・・・
。私は話に割り込めないから外を眺めるのみ。
かつて何度も通って遊んだり買い物した
エアコンバス11番が走る通りを通った。
そごうが見えた。
一人でも何度も行ったしデートコースの時もあったデパートだ。
懐かしい風景を眺めながら、今行けない立場を窮屈に感じた。
スリウォンに着くと藤川さんはバンコク銀行に入る。
警備員がすごく親切にしてくれて、
僧侶という立場が特別な存在であることを直に見た。
銀行に行く際、歓楽街のタニヤ通りを歩いた。
坊さんがそんな所歩いているのが恥かしかった。
佐藤さんが連れて行ってくれてタンブンしてくれたのは座敷風の寿司屋さん。
「こんな高い寿司でなくても屋台のぶっかけ御飯で充分なのに」と思った。
ここから藤川さんは気安く私に話しかけてきた。
得度に来る前の3月頃のような朗らかさだ。
御寿司とキャベツロールと鯖の味噌煮とフルーツのデザートは贅沢な限り。
佐藤さんに申し訳なかった。
私は坊さんの立場を忘れ、佐藤さんに御馳走になっている感覚でしかなかった。
「還俗したらお返しします。」なんて言う訳にいかないが、
その気持ちだった。
返すというのは失礼であるが、「再度逢ってお礼を言わねばならない。」と思っていた。
昼になって藤川さんの用でタイ航空へ行く。
20日過ぎにどこだったか一人で出掛けるらしいのだ。
昼飯時の混雑した屋台の通りを藤川さんがとっとと行ってしまうから参った。
後から着いて行く私は通れなかった。
道行く女性は私を通してあげようと脇に寄るがそれでも体が触れそうな狭さ。
助手のタンくんが助けてくれた。
タニヤ街周辺にタイ航空事務所があるのは困る、僧侶としては。
藤川さんは佐藤さんに郵便出しをお願いして我々はタイ航空で待った。
その後、ルンピニースタジアム方向にある旅行代理店へ行った。
ラオス入国ビザ取得に一人1500バーツ。
藤川さんと私の二人のパスポートと証明写真を預けた。
「28日に受取り可能」と言われた。
パスポートを預けてしまうのはちょっと不安だった。
無くされたらどうなるんだろうと思った。
とにかく藤川さんは頼めることは目一杯佐藤さんに頼んでいた。
ここから更にマーブンクローン(東急と隣接する大型デパート)と
ファランポーン駅(バンコク中央駅)へ向かう。
デパートの中までは僧侶が入るわけにいかないから
藤川さんは佐藤さんに携帯電話のバッテリーを買って来ることをお願いした。
駅ではノンカイ行きの12月10日発20日帰りの往復寝台券を買う。
二人合計892バーツ。
1000バーツ出してお釣りが8バーツ。
「あれ?おかしい」と私が言ってもジジィは
「お前、頭悪いなあ、1000から892引いたらいくつやぁ?」
私が「108です」と言っても
「何でやぁ、8やろぉ!・・・・・?あっ、そうか108か!」
「だから言ったろ!俺の頭悪いせいにしやがって!」
・・・駅員にボラれました。
多分、駅員さんも勘違いでしょう。
私とジジィの口論も些細な計算違いです。
ただ、ここぞとばかりに語気を強めて反論したのは
ジジィに対して普段のストレス発散でした。
なお乗車券・寝台券は比丘料金です。
2割ほど安いはずです。4割かな?
この日の用は一通り終った。
最後にスクンビットのワット・ターットーンへ向かう。
一日動くと凄く疲れるものである。
バッテリーを買いに行かされる時の佐藤さんは頼まれた際、
「いいですよ〜」と優しい返事をしてくれたものの
凄く頑張って返事しているのが私には感じた。
本当に南国の街を歩くのはバテるのである。
もし私が佐藤さんの立場なら
「このジジィ〜、調子に乗りやがって、
人に負担掛けることを何とも思わず何でもやってくれると思って居やがる。」
と思うところだ。
本当に私が思いました。
そう感じました。
徳を積む行為を惜しまない信心深いタイ人なら喜んでやってくれるだろうし
それでいいのだが、
僧侶の立場をわかってもらえているとはいえ、
信仰深くない日本人に負担かけるのはよくないでしょ!
私はガソリン代、食事代相当のお礼がしたかった。
佐藤さんの「気持ち」もあるから「支払い」という行為をしたいわけではないが、
僧ではなく人として筋を通したい気持ちだった。
ターットーン寺に連れてってもらってここで佐藤さんとタンくんとお別れになった。
「本当に有難うございました。本当にお疲れ様でした。
今度ジジィから頼まれたらウソの用作って断ってください。」という事を言いたかったが、
たいしたお礼も言えぬままお別れした。
ワット・ターットーンは迷子になるぐらい広い。
夕方5時ぐらいに入って、
藤川さんの通い慣れた寺だけに知り合いの比丘がクティへ案内してくれた。
藤川さんは朗らかに日常の話をしてくれる。
そういうコミュニケーションが取れただけでうれしかった。
しばらくして藤川さんが「外出しよう」と言う。
また黄衣をマンコンにしなければならない。
また慌てた。
「俺は15分かかるんだよ」
慌ててまとうのは閉め具合が甘くなる。
どこに行くのかと思ったら「町田さんのマンションに行くぞ!」と言う。
町田さんとは一度だけ逢ったことがある。
この年の夏に藤川さんが日本に来た時、
出迎えた成田空港でお逢いした。
上品なちょっと気難しいおじさんだった。
エアコンバス11番に乗って市内方向のソイ27まで行った。
マンションでは町田さんと小林さんという男性とお逢いした。
世間話の進む中、お三人が話すのはタイ経済や太平洋戦争など。
貴重なお話ではあったが頭のいい人達のお話にはこちらが無知で付いて行けなくなる。
お話はある程度長くてもしょうがないのだが、
坊主がうろつく時間ではなくなっているのだ。
2番バスに乗ってワットターットーンに帰った。
バスに乗った途端、青年二人に入り口の席を譲ってもらえた。
さらに市内バスはお坊さんはタダである。
慣れない私としては本当、恐縮してしまう。
バスは急に止まらない。
ブザーを押しても停留所でなければ止まらない。
しかし信号待ちでは違法ながらドアーを開けて降ろしてくれる。
「もうすぐ降りますよ。」と藤川さんに言って
我々は立ち上がって降車ドアーの前の立った。
その寺の近くにある停留所のかなり手前の赤信号でバスは止まった。
そうしたら藤川ジジィがいきなりブザー押しやがった。
次の停留所で降りるつもりだろうが当然そこでドアーは開けられる。
誰も降りないのにドアーは開いたまま。
私が「何でいきなり押すんですか!!?
バスの乗り方も知らんのか!!
ジジィめ、勝手なことしやがって!」と言う。
走りだして停留所の手前で再度ブザーを押して降りた。
ワットターットーンの門をくぐるとジジィは
「すぐに黄衣をロットライにしろ」と言う。
寺の中では右肩を出すまといでなければならない。
下手くそな私は時間が掛かるから焦る。
すると通りかかったおじさんが手伝ってくれた。
うまく出来ないのは恥かしかった。
手伝ってもらうと形よくキマるものだ。
12時ぐらいまで藤川さんと話をしていた。
この日は朝からタイミングが合えば藤川さんと
何度か朗らかに話し合えた。
タムケーウ寺の若い坊主らのことや和尚さんのこと。
私の様子など。
「ウチの和尚は見栄っ張りで少しでも偉く見えるように、
後ろに倒れるかというぐらい胸張って反り繰り返って歩くやろ!」と言う
藤川さん。
あくまで大袈裟な表現だが特徴つかんでいた。
「ウチの寺には日本人坊主が居るんだ!」と
国際的だとでも自慢したいのかニーモン
(新築や開業の際、お坊さんを招いて読経してもらって食事などの施しをする)
の際にそのメンバーに藤川さんを入れられることがほとんどだという。
「来客があった時に俺らが呼ばれたら単なる客寄せパンダやな。」とも。
寺の敷地内に新しい仏殿や来客用のトイレなどを幾つも作っているのも
見栄でやっているという。
「若い坊主らも通過儀礼で1パンサーを過ごしているやつらばかりや。
勉強の出来ん、品のないアホも居るやろ!
お前はあんなやつらに舐められとったらいかん」
「掃除しながら過去を振り返って『あの時、ああすれば良かった』と反省するのも
当然の心理で今はそうやって心を清める時なのだ」という。
「なぜ普段話しかけてくれなかったのか」とは聞けなかった。
この日話されただけで安心してしまったせいもあった。
それで疲れもあってか深い眠りについてしまった。
11月15日。
いつもの癖で5時前に目覚めた。
ビンタバーツには行かなくてもいいと、
このクティの比丘に言われていたようで6時過ぎまでゆっくりしていた。
行かなくていいのは助かるが
馴染みあるスクンビット通りをビンタバーツしてみたい気も少しはあった。
勝手に一人でやるべきではないだろうし、
この寺に前もって言っておいてやるべきだったなあと後に反省した。
昨夜は藤川さんは眠れなかったと言う。
なぜか。
私が寝て5分も経たないうちに凄いイビキで眠ってしまったので
うるさくてもう眠るタイミング逃してしまったらしい。
「悪かったなぁ!ざまあみろ!!」
私が初めてイビキを指摘されたのは高校1年の時の研修旅行だった。
国立能登青年の家でのこと。
翌朝、同級生にそれを言われた。
親父もイビキ掻くからなあ。多分同じ勢いなんだろう。
8時ぐらいにこのクティの比丘のデックワットが食事を持って来てくれた。
いつも食べているような容器に入れられたオカズがいっぱい。
果物やミルクもある贅沢な食卓だった。
食事後、ここの比丘にお礼を言ってデックワットに鍵を渡して寺を出た。
エアコンバス11番に乗って
スクンビット・ソイ29のソーソートー(泰日経済技術振興協会)へ向かった。
藤川さんがカンチャナ先生という人に逢うためだった。
他に日本人女性6人ぐらい居て、何かのパーティーに
藤川さんを招く際の心構えと配慮についての話し合いになった。
「午後にある催し物に藤川さんを招く場合、
お坊さんだから食事を与えられない。
来て頂きたいが遊びに招くという訳にはいかないから
名目をどうすればいいか」という内容だったように思う。
藤川さんは呼ばれたいようだ。
私は黙って聞いているだけだったがイライラしてきた。
「日本人のパーティーだ。
タイ人のニーモンとは訳が違う。
周囲に気を使わせて負担かけてまでなぜ参加したいのか」
私に発言権があったら言いたかった。
最後に記念写真撮ってあげて出た。
時間は11時ぐらいで、藤川さんは「さて飯どうしようか。
喰わんとこうか、面倒くさいし」と言われて
私が卑しく思われるのも嫌で「そうしましょうかぁ」と
力なく言うと藤川さんは「町田さんにお願いしよう」言い出す。
「飯喰うことの何が面倒くさいのか、明日の朝まで喰えんのに。
それにまたタカろうとしている」と思ったが
私も腹ごしらえしておきたかったのでそれに従った。
町田さんのマンションに今日も行くと
町田さんは仕事の都合があるので
小林さんが食事に連れて行ってくれることになった。
近くのレストランに入りカオパット(炒飯)
トムヤムクン、
カイチァウ(卵焼き)さらにアイスクリームまで出されてお腹いっぱい。
本当に感謝した。
「昨日の佐藤さんと今日の小林さんには必ず還俗したらお礼に伺おう」と思った。
僧でなく日本人としてである。
そんなこと考えるのは自分が比丘の心構えが全く出来ていないのだろうとも思った。
しかし自分はサンガの教えの前に親の教えを全うしたかったのだ。
12時過ぎたら食事してはならないのは辛いと思う。
「12時」をやたら気にするようになってしまった。
「多少遅れても構わない戒律の解釈だったらいいのになあ」と思った。
藤川さんはメガネ屋に寄ってフレームのネジを直してもらった。
タンブンということでタダだったという。
何から何までタンブンでいいのかと思う。
またエアコンバス11番に乗ってサイタイマイへ向かった。
また席を譲ってもられた。
バスに乗っていずれも譲られた。
比丘という立場が一般人より身分の高い地位に居ることが身を持って感じていた。
中身が伴なっていないのが恥かしい限りだった。
1時間弱で到着し13時30分発のペッブリー行きエアコン長距離バスに乗った。
個人的にはもっと立ち寄りたいところはあった。
こんな黄衣をまとって現われたらどんな顔するだろうと思う人はいっぱいいた。
でも誰にも言わずに得度したのだから行く権利もなかろうと思った。
ペッブリーに着いて寺に帰るのはちょっと嫌だった。
藤川さんに言われてた寺の連中の品のないアホどものことは鬱陶しくさえ感じた。
部屋に置いておいたりんごと20バーツ紙幣は
りんごは無くなっていたが20バーツはそのまま置いてあった。
デックワットの高校生は俺に試されていると思ったかな?
「どこ行って来たの?」と尋ねて来る者もいる。
高校生も意外と陽気に「ハロ〜!」なんて言って寄って来た。
大都会に出た者には何かと興味を持ちたくなるのだろうか。
バンコクは楽しかった。
藤川さんと打ち解けられたのが一番。
今日、明日にも還俗という気持ちは無くなっていた。

左から小林さん、藤川さん、町田さん。
人生経験豊富なおじさん方です。戦争体験談は貴重でした。
←寺の門
※チーオン(衣)の着方ならこのサイト。
おなじみ、日本納骨堂の中原さんのサイトに
クルクル着付け教室があるので、それを参考にやって見ましょう!
<バックナンバー>
>第1回・藤川さんとの出逢い
>第2回・得度の決意
>第3回・修行に向けての準備
>第4回・人生最後の式典・得度式
>第5回・苦痛の日々