Deep Roots-火
 

@ 最後の子供生む際に、炎に焼かれた母神イザナミの死

A イザナミが葬られた地としての二つの熊野

B 熊野の意味は「火があでやかに光る神域」

C 二つの熊野大社 に残る火祭り

D 火を起こしその技術を大切に子孫に引き継いでいった先祖の思い

 

神話の中で、日本の国土と様々な神々を二人で生んでいったイザナギ、イザナミの二神。

イザナミは最後の子供となる火の神「カグツチ」を生む際に自ら「火処(ほと)」=女性器を焼かれて死に、

黄泉の国へと行ってしまう。イザナミの亡骸が葬られたとされる場所は二つあります。

島根県の出雲と和歌山県の熊野です。そして、その両方 の土地にイザナミを御祭神として祭る熊野神社があります。

 

熊:「熊」という字ももともと火があざやかに光るようすを表していたのが動物の

「くま」に用いられるようになったそうです。中国の「熊」という字は「熊熊」

という熟語で使われていて、意味は「光の明るさが盛んで、輝きあう素晴らしい様子」

野:高野山、吉野、天野などに使われる「野」という文字は、

もともとは草原を意味するのではなく、「神域」「聖地」を意味していた。

熊野

二つの漢字の意味をつなげると熊野という地名は、火があでやかに光る神域という意味になる。

火を起こし、その犠牲となって亡くなったイザナミの魂を鎮めるための聖地と言えるのかもしれない。

 

 

すごいのは、イザナミを祭る二つの熊野神社には「火」に関わる 神事が古来脈々を受継がれて今に至っていることです。

 

「熊野那智大社」:

和歌山県の熊野三山でイザナミを祭るのは那智大滝で有名な「熊野那智大社」。

「那智の火祭り」はその勇壮さで全国に名高い。

 

「出雲一之宮 熊野大社」:

出雲大社のある出雲市の隣、八雲村熊野にあるのは 「出雲一之宮 熊野大社」。

ここでは、年に一度とても面白い「鑚火祭」という儀礼が行われ続けてい ます。

毎年10月14日、出雲大社と熊野大社の間で行われる、 その儀礼では、

出雲大社の宮司さんが熊野大社の宮司さんを大きな餅を持って訪ねていき、

「このお餅を差し上げますから、その代わりに「火」をきり出すための臼と杵を下さいな〜」

という。でも、熊野大社側は、毎年「去年より餅が小さいし、色もつやも悪いのう」

等とけちをつける。そんなやりとりが何回が続けられ、最終的に、熊野大社は

泣き落とされて、出雲大社に燧臼(ひきりうす)と燧杵(ひきりきね)を授ける。

 

出雲大社では宮司が変わる時の儀式を火継(ひつぎ)式と呼びますが、

それは民族の首長が次のリーダーに力の象徴として火の技術を伝えていった

儀式(この場合はスサノオからオオクニヌシへの継承)の名残なんだろうと思います。

古語で火は霊(ひ)であり、命の創造を意味する産霊(ムスビ)も「火を蒸す」=火を作りだす、だったという。

 

 

前世紀まで「火」は自然界から人間が得て利用出来る最大のエネルギーでした。

その恩恵は人類としても、民族としても計り知れないものがあったことは疑いありません。

火を手に入れた際の犠牲者を弔い、 その栄光を後世に伝えていこうとする意思。

鑚火祭の儀式の中で、杵と臼を簡単に渡してしまうのではなく、

絶対におろそかにしてはいけないものとして大切に扱われるのも分かる気がします。

 

那智の火祭りも、出雲の火を継ぐ儀礼も、

民族の母イザナミへ送る、鎮魂の、そして感謝の残り火なんだろうと思います。

 

 

イザナミは性の極みに火の神をその「火処(ほと)」から生み出し死んでしまう。

国を生み、神々を生んだ後、倭の民が火を手に入れるための犠牲となって

黄泉の国へといった。その時から民族は夜にもあざやかに輝く光「熊熊」を手に入れた。

これは象徴的に一人イザナミだけが犠牲になっているけど、

本当はたくさんの人達の知恵、努力、そして犠牲があったんだと思う。

そしてスサノオが、受け継いだ火の技術をオオクニヌシに伝えたように、

火の技術は「神の秘」として民族の代表者へと大切に継がれていった。

 

神話と現代にまで残る火にまつわる様々な儀礼や祭りは古代の最初の火起こしとそれに伴った

多大な犠牲を忘れないよう、そして感謝を忘れないように途絶える事なく

残ってきたんだと思う。本当にすごいことだと思います。

 

民族のDNAは神話にある、という意味がよく分かる 気がしました。

神話を失った民族は滅びる、という意味も・・・。

 

 

 

きわまれる せいにいのちは やけこがれ 

 

あのかたはかみ とわのひじりに

 

 

 

参考文献:

「日本の神話」 高橋 鐵

「熊野の大神さま」 川島 芙美子

「日本魔界案内」 小松 和彦

「古事記」



囲む人々「一話一言」

ユージ「DEEP ROOTS」

Deep Roots 第1回
はじめに

Deep Roots はじめに

 

 

アメリカン・インディアンやアボリジニーなどの民族が守ってきた

シンプルで深い、自然に立ち向かう知恵と畏れ、

大地への尽きない感謝の心が世界的に見直されています。

そこにあるのは人類がこの地球に誕生した時に感じた原初の感情。

カタチの無い世界の遺産だと言えると思います。

 

そしてその遺産は彼らに求めなくても

本当は自分達が住んでいる場所にかつて息づいていたこと、

今もただ思い出してもらうために地球上の各地に

息を潜めていることも確かに言えると思います。

 

日本で生まれ育ち、

そして土に帰っていった幾代もの祖先が

大切にし残していったもの。文字にはせずに、

僕等子孫に伝えようとしたメッセージは確かにあります。

 

太陽を神と仰ぎ、

星の下で語らい、

月のリズムに暮らし、

海・大地を母と慕う。

そして

聖なる木・石を祭りながら、

火、風、水を友として生活した。

 

その生き生きとした残像は確かに残っています。

 

神道と仏教の深層に今でも隆々と流れ続ける太古の日本人の思いと共に、

世界中でキラキラと輝きだした魂達と

全く新しい交流をしていく時代が 来ているような気がします。

 

それでは、僕達の旅の話を聞いてください。

そして皆さんの旅の話を聞かせてください。