Deep Roots-祭

おさなごは てんちみあれの ひもろぎとなり かがやきめぐむ あさといのらむ


「祭り」ってなんだろう?
非日常の異空間で人の意識が時と空間を越える瞬間、
神、または大いなるものに少しでも近づく瞬間。
「麻」を吊りながら意識を変容させ、「真」や「魔」、そして天と地の「間」を釣ること。
此岸と彼岸、天と地が一体となり時が外れ、すべてが一体となる瞬間。
そこでは自然界を司る神々に感謝を伝え、
荒らぶる神々の魂を鎮め、
未来への神託を受けることができた。
聖なるもの、邪なるもの。そのどちらかを祭るのではなく、
人智を超えた存在に感謝し、畏怖し、
そして祭り続けて来たのが日本人だと思う。

諏訪でミシャグジ様という古代の祟り神の片鱗を見た。

諏訪大社:
諏訪は6年に一度、有名な日本三大奇祭の一つ「御柱祭」が行われる所だ。
テレビでしか見たことないけど、
山から木を切り出し山の斜面を滑らせ、街中を引っ張り、
最後に四社ある諏訪大社それぞれの四隅にその木を立てていく、
というお祭り。
来年は御柱祭の年にあたる。

その四つの諏訪大社の一つ、
上社前宮にあった立て札に以下のことが書いてあった。



中世までは、半地下式の土室が作られ、
現人神の大祝や神官達が蛇体の御体ミシャグジ神と
「穴巣始(あなすはじめ)」といって冬篭りしたという。
旧暦の12月22日に「御室入り」をして翌年3月中旬寅日に
御室が撤去されるまで土室の中で祭祀が続けられたという。
特殊神事として残っていたが中世に廃絶した。



ミシャグジ様は、古代諏訪の御射山をご神体とする山神で蛇神だという。
蛇祭る民、縄文人。
縄文土器の縄目模様は蛇の呪力を注入したとも言われる。
実際にミシャグジ様を祭ったこの地域、長野県茅野市には、
尖石遺跡(とがりいしいせき)があり、
そこから、一方のふちにかま首を突き出して、
いまにも飛び掛りそうにしている、
しま文様の蛇を装飾とした土器が出土している。
(参考「鬼と魔で読む日本古代史」武光誠)
蛇を祭る人達がやっぱり居たんだな、ここには。

半地下式の部屋に入り三ヶ月以上もそこにこもり祭祀を続けるなんて、
今では考えられない神事だ。
これは神々に自然の恵に感謝しているだけでは出来ないだろう。
民族としてのそうせざるを得ないとてつもなく大きな恐れみたいなものがある。
こういった土着の祭祀は神社神道の創立と共に葬られていったのだろうか。
地中に半分埋められた土室が意味するものは、
行われる祭祀が天と地の間に
人柱を立て神がかかるより代とするということだと思う。
現人神とは天と地をつなぐもの。
その現人神は村から選ばれ8歳くらいの少年で、
神事が終わると殺されてしまったとも言われる。
これは厳しい冬が来て、
また次ぎの恵み多き春を迎えるための、人身御供だ。
その一年の収穫を感謝すると共に神々の鎮魂をし、ご神託も受ける。

生から死へ。
死から生を。
人間が元々の御柱だった土着の風習を取り入れた今の御柱か。
諏訪で四本の柱に囲まれた社殿でお参りするときの、
自分まで五本目の御柱になっているような感覚は確かなものだった。

こういった神道以前の原始的な儀礼が今に残る祭りのベースになっている。
毎日の日々には一夜を無事に越えること、
大きくは冬という季節を越えて春を迎えること。
それは昔の人々にとって本当に切実なことだったろう。
高千穂の夜神楽も11月末から2月にかけて行われる。
その神楽の中でも、天照大神の復活は、
新しい朝、そして恵み多き新しい春を象徴する。

冬を越えるための祈りや祭りは古代ヨーロッパにも行われていて、
キリスト教もそれを受け継いだらしい。
イエス・キリストの聖誕祭、クリスマスは
ゲルマン民族が太陽復活の祈りとして行った
ゾンネンヴェンデ(冬至の祭り)の名残りで、
復活祭のイースターも、
暁の女神エオステルの春を祝う祭りに由来するもので、
いずれも古代ヨーロッパ地方のゲルマン族の民間信仰が起源となり
成立したという。ク
リスマス・ツリーは古代の聖樹崇拝の名残りとも言われる。
(参考「山青き神の国」後藤俊彦)

現代にまで残る祭りが土着のエネルギーを発し、
いつまでも輝き続けているのは、
その中に大昔からの深い深い根っこが包み込まれているから。

何も無いところに新しいものは創り出せないんだな〜。

今日本に残る様々な祭りも
「天と地が一体となり時が外れ、すべてが一体となる瞬間」
を求める縄文的、またそれ以前の祈りが含まれているんだと思う。

祭りも、また民族の魂のDNAと言えると思う。

幼子は 天地御生の 神籬となり 輝き恵む 朝と祈らむ

  諏訪大社下社秋宮

↑諏訪大社下社秋宮

  じっと祈り続ける「万冶の石仏」

じっと祈り続ける「万冶の石仏」


>>第1回 「Deep Roots 火」


>>第2回 「Deep Roots 鬼」


囲む人々「一話一言」

ユージ「DEEP ROOTS」

Deep Roots 第3回
はじめに

アメリカン・インディアンやアボリジニーなどの民族が守って来た
シンプルで深い自然に立ち向かう知恵と大地への尽きない感謝の心が
世界的に見直されている。
そこにあるのは人類がこの地球に誕生した時に感じた原初の感情。
形の無い世界の遺産だと言えると思う。
そしてその遺産は彼らに求めなくても本当は自分達が住んでいる場所に
かつて息づいていたこと、今もただ思い出してもらうために
地球上の各地に息を潜めていることも確かに言えると思う。

日本で生まれ育ち、そして土に帰っていった幾代もの祖先が大事にし残していったもの。
文字にはせずに、僕等子孫に伝えようとしたメッセージは確かにあります。
太陽を神と仰ぎ、
月のリズムに暮らし、
海森を母と思い、
聖なる木石を祭りながら、
火風水を友として生活した。
その生き生きとした残像も残っています。
神道と仏教の深層に今でも隆々と流れ続ける太古の日本人の気持ちを
みんなが個々に思い出し、
世界中で輝きだした魂達と交流していく時代がやっと来たような気がします。

それでは、僕の旅の話を少し聞いてください。
そして皆さんの旅の話を聞かせてください。