囲む人々「一話一言」

ユージ「DEEP ROOTS」

Deep Roots 第4回
はじめに

アメリカン・インディアンやアボリジニーなどの民族が守って来た
シンプルで深い自然に立ち向かう知恵と大地への尽きない感謝の心が
世界的に見直されている。
そこにあるのは人類がこの地球に誕生した時に感じた原初の感情。
形の無い世界の遺産だと言えると思う。
そしてその遺産は彼らに求めなくても本当は自分達が住んでいる場所に
かつて息づいていたこと、今もただ思い出してもらうために
地球上の各地に息を潜めていることも確かに言えると思う。

日本で生まれ育ち、そして土に帰っていった幾代もの祖先が大事にし残していったもの。
文字にはせずに、僕等子孫に伝えようとしたメッセージは確かにあります。
太陽を神と仰ぎ、
月のリズムに暮らし、
海森を母と思い、
聖なる木石を祭りながら、
火風水を友として生活した。
その生き生きとした残像も残っています。
神道と仏教の深層に今でも隆々と流れ続ける太古の日本人の気持ちを
みんなが個々に思い出し、
世界中で輝きだした魂達と交流していく時代がやっと来たような気がします。

それでは、僕の旅の話を少し聞いてください。
そして皆さんの旅の話を聞かせてください。

Deep Roots-蛇

ふきすさぶ やまとのくにの あれのには なわめもようのおにがでるらし

歴史は勝者が作るとはよく言われるけれど、勝者が作った歴史の中に、
敗者の信仰や生き様が見えてくる。死人に口無し。しかも縄文に文字はない。
文字を持たず、自らの魂も、形あるものも全てを土に返していこうとした民、
それが縄文人だと思う。
僕達は、その遺産を読むことは出来ない。
それは逆に幸運なことなんだろう。
一人一人が感性を研ぎ澄ませて直感を働かせてしか、
彼等の声を聞くことはできないのだから。

日本の神話の中に出てくる「蛇」は「鬼」という存在の原型のような気がしている。

縄文土器の紋様は蛇をかたどったものや
蛇の頭までついているものがあるというのを呼んで、
ヤマタノオロチは蛇祭る民としての土着の縄文人だと思った。

蛇を祭る民と縄文が結びついたのは出雲に行ってからだった。


出雲日御碕神社: 出雲大社からバスで30分くらい
上の宮(神の宮 かむののみや): 神素盞鳴尊(スサノオ)
下の宮(日没宮 ひしずみのみや):天照大御神(アマテラス)

この神社の掛け軸には、
とぐろを巻いた出雲日御碕竜大神という神様が描かれていた。
それは世界中の古代信仰に通じるみたいだ。
現代人にとっても蛇は気味が悪く出来れば避けたい存在だ。
そういった忌み嫌われる存在を祭ることで「聖」とする。
「鬼」と「神」がどちらも「聖」なるものであると同時に一瞬で「邪」ともなる。
ものにもなる考え方と通じる気がする。
日御碕の祭りについて読み返していてはっとした。
この神社における蛇はそれを祭る民、縄文人を象徴するのかもしれない、と。

日御碕神社で古来から大晦日に行われる神事。
それは神剣奉天神事と呼ばれ、
スサノオがヤマタノオロチを退治して、天の叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)
を得て御子神天葺根命を使いとし、天照大神に届けたという故事に由来する。
宮司は大晦日の深夜にたった一人で神山(天一山)に登り神事を行う。
古代より絶えたことがなく、その夜は雨や雪いかに激しく降っていても
神事が始まると共に必ず空が晴れ渡り、
いまだかつて宮司の祭服をぬらしたことがないという。

これはスサノオ率いる出雲族が蛇の民(ヤマタノオロチ)に勝ち、
その戦利品を天孫族に献上したことを表すのか・・・。
だから蛇を祭るのか、鎮魂のためにも。

神話ではスサノオはヤマタノオロチにお酒を飲ませ酔わせて退治した。
酒とは陰謀を用いたことを象徴するか、
それとも出雲族は酒造りを得意とする民族で実際に
酒を用いたか。酒造りの得意な民族と言えば、
4、5世紀に秦の始皇帝の末裔として朝鮮から渡来して来たという
謎深い秦氏の一行が思い浮かぶ。
出雲族は、秦氏の遥か以前に進んだ技術をもって
同じように渡来した民族だったのだろうか。

それとも日本土着の出雲族がスサノオという大陸からの
指導者(達)を得て民族として、その周囲の集落よりも力を得たのだろうか。
高天原から降臨したとも、海から渡って来たとも言われるスサノオ。
スサノオが従えた出雲族は天孫族に国を譲るまで、
一時期日本の支配者となった。

出雲大社では旧暦の神有月のはじめに神迎祭をする。
神々は海を渡ってやってくる、といわれている。

  神々を迎える「稲佐浜」<BR>
↑神々を迎える「稲佐浜」

  

縄文民族同士の戦い、または弥生の民の
日本列島侵略の戦いが蘇ってきた。
その時に対抗して討伐された勢力がヤマタノオロチに代表されるとすると、
対抗せずに支配下に入り、日本国土の案内人として、
また古来の自分達の
知識が技術を提供し、
その見返りとして新しい技術・思想を得た民族もあっただろう。

出雲の神在月:
十月は神無月とも呼ばれるけど、出雲地方では「神在月」と呼ぶ。
旧暦の10月10日から7日間に全国の神々達が出雲に集まり
大国主命を囲んで向こう一年についての相談事をするという
信仰に由来する。

僕もそれを目指してきたけど、今年は11月4日からが神在月だと、
出雲大社で知った。
ど〜ん!

  
↑巨大な注連縄

まぁ、それはそうとして、稲左の浜はその神在月の初日に神々をお迎えする場所で、
神迎祭という神事が行われる。稲佐の浜で迎えられた神々は、出雲大社の神楽殿で
迎えられた後にお宿とされる境内の東西十九社に鎮まられる。

一番興味深いのは、神々達が龍蛇神(海蛇)の先導によって、
海原から出雲に集まってくるという言い伝え。

まぁ〜た蛇さんだ。
しかも今度は案内役。
高天原からの天孫降臨の時の国神・猿田彦や
神武天皇を導いた八咫烏に通じる。

猿田彦も八咫烏も日本国土を知り尽くした人々を象徴しているようだ。
それは古代から列島に住んでいた民族、もしくはもっと大昔に渡来した民族。

蛇が象徴するのはやっぱりひとくくりにしてしまえば縄文の民としか思えない。
征服された蛇達もあり、また案内役をつとめた蛇達もあり。
新しく渡来した(降臨した)民を助けた先住民は神として祭られる。
大和朝廷が出現してからも、反対勢力としての先住民族は
クマソ、サエキ、エミシ、ツチグモ、クズ等と言った
別称で呼ばれ討伐の対象となった。
「神」となるか「鬼」となるかは本当に紙一重なんだなぁ、と思う。

鬼とされ討伐され、深い山々に逃げ込んだ先住民達の中には
その古代日本の姿を魂を脈々と受け継ぎ、また発展させ、影から闇から
日本へ大きな影響力を持っていったんだろうと思う。

神として祭られた先住民族の末裔達の中にも、
昔ながらの自分達の仲間のこと
を忘れなかった人々もいたんだと思う。

そういう中から、役行者や弘法大師空海などが現れ、
山岳宗教として残っていた縄文魂を
その根底に据えた新しい信仰体系と勢力を確立していった。
明治の廃仏毀釈までは、時の権力者達と密に交流し、
全国的なネットワークと民衆の指導者として活躍した山伏達が多くいた。

日本の深層に常に深い根を張り、変えていく力は
大和魂のさらに深く眠る縄文魂。
明治維新の力が西日本の狩猟の民としての先進性と攻撃性を元にした
男性的縄文魂だとすると、
今、時代は女性的縄文エネルギーの静かな広がりを待っているのかも知れない。

吹きすさぶ 大和の国の 荒れ野には 縄目模様の鬼が出るらし


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>>第1回 「Deep Roots 火」


>>第2回 「Deep Roots 鬼」


>>第3回 「Deep Roots 祭」