新連載はナゾのペンネーム「センレック赤血球」がかく、
大きなタイトルで些細なことを描きます。
ごぶさた!のセンレックです。
「第五号:幾何学の虜」
ジャパンツアーを終えた藤川和尚に、早速バンコクのカフェで会った。
挨拶もそこそこに、カタギでは無い眼光とドスの利いた声で
「おまえ、エッセイ、アップデイトしとらへんやんけ。」と
エアコンの利いた寒い室内をさらに2度程下げる切れ味をボクの喉首に振るった。
「あー、そーですねー、沢山書き溜めてるんですけどねー、今夜送っときます。」
と適当な返事をしようものなら恐ろしい事になりそうだったのと、
心のちょっとした部分ではちょっと尊敬してる部分も無くは無いので、
リスペクトの意味も込めて、丁重に
「あー、そーですねー、沢山書き溜めてるんですけどねー、今夜送っときます。」
とうやうやしく対処した。
和尚と約束通り、準備したエッセイをお送りします。
グラスで冷たい飲み物飲んでるとさ、○マークがテーブルにつくでしょ?
アナタ、オリンピック派?
それともアウディ派?
ボク「塩素系分子モデル派!」
見栄っ張り!
さて、
とにかく、祖父譲りのこの性格は、あらゆるモノを幾何学的に配置する。
外でお茶してたりすると、すこぶる出る。
しかしテーブルの上で露骨にそれは出来ない。
ナスカの地上絵のような露骨な配置は遠慮して、
さりげなく地下鉄のゴミ箱の配置くらいの熱意に留めて仕事を行わなければならない。
何故なら相手の話に集中しなくてはならないからだ。
そして、渋々小さな仕事にとりかかる。
相手の話に相槌を打ちながら、さりげなさを装いつつ、
ストローの細長い袋の両端をキレイに直角切断し、
全体の長さを均一に分割折りを始めるのだ。
しかし、それには「紙の厚み」が計算されなくてはならない。
折りたたみの回数が進めば、杓子定規的な折り方では両端が揃わないのだ。
ココで要求されるのは、この折りたたみを施した後に現れるであろう
厚みによるズレを考慮してあらかじめ補正折りする。
最後にピッタリと決まった時の感動は、相手の話が聞こえない程に感慨深いものになる。
それをさらに全ての角度が直角になるように展開したときに、
全ての各頂点が見事に向かいの頂点と接したら、もう大変である。
完全に宇宙と幾何学の奴隷だ。そんな宴を相手との会話の表面下で取り行わなければならない。
もしそのストローの袋が、既に水滴で濡れていようものなら、
相手のストローの紙をさりげなく手にする作業が待っている。
これはリスクが高い。
相手に悟られる危険と、そっちも既に濡れている可能性があるというダブルリスクだ。
ハイリスク・ハイリターンの理論はココでは期待できない。
最近、これではイカンと反省し、
ストローを使わない「カプチーノ」をオーダーするよう心がけているが、
ステック・シュガー(注1)なんかが出たりするとまた、
モゾモゾと肛門の辺りが疼くのだ。
注1)スティックシュガー:
80年代をマッシグラに生きてきた人間よりも
下の世代には少し難問だろう。
しかし今でも、勇気を振り絞ってオールド・ファッションな喫茶店に入ると
「細長い紙スティックに入った砂糖」がコーヒーの横にスプーンと並んで付いてくるものだ。
荻窪、高円寺あたりにはまだ多数生息すると伝えられている。
次回は、第四号で宣言した通り、
「焼肉の話で景気よくいきたい」という所に注目して、
公約の破り方とその対処について、深く裏側からレントゲン撮影してみたい。
<バックナンバー>
第一号 接触事故