「オモロイ坊主の北朝鮮托鉢行」
〜北朝鮮に果たして真の仏教はあるのか?
      よど号犯人に一言物申す!〜

そんな思いを胸に、藤川和尚が2004年の11月に訪れた北朝鮮の旅の様子です。
この様子は、フリー・カメラマンの久保田弘信氏により撮影され、
TBSの報道特集でも放映されました。
久保田氏のホームページです。

番外編 北朝鮮写真館
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『オモロイ坊主の北朝鮮托鉢行』
〜藤川チンナワンソ清弘〜

前書き。

 私が、特殊な政治体制下での北朝鮮佛教の現状を自分の目で確かめたいと、いろいろと関係各方面に手を回しやっと入国ビザを手に入れ、北朝鮮の首都ピョンヤンを中心とした仏教寺院を拝観巡礼させて頂いたのは、昨年(西暦2004年)の11月の事でした。

その後、私に同行されたフリーのカメラマン久保田君が撮影された、私の北朝鮮での一部始終がTBSの『報道特集』で30分に亘り放映されたこともあって、私の第三弾の本として『オモロイ坊主の北朝鮮托鉢行』を皆様に読んで頂こうと、パソコンに向かって悪戦苦闘したのですが、なにぶんにも滞在したのが10日間だけの短い旅のこと、出版社の社長さんに『藤川さん一冊の本にするには、最低でも250〜300ページ必要なんです』と言われ、幾ら文章を引っ張って見ても、せいぜいが100ページくらいしか延びず"こりゃ駄目だ"と出版を断念しお蔵入りを決めパソコンの中で眠らせていたのですが、ここへ来て『北朝鮮での話を聞かせてくれ』と周囲の人々からの声が聞こえてくるので"一冊の本にはならないが、なんとかこの原稿を生かす道はないものか?"と考え、今回『オモロイ坊主を囲む会』のページをお借りし掲載させて頂く事にしました。
原稿にすると100ページはあるので、一回で掲載するのは無理なので、何回かに分け連載させて頂きますのでどうか宜しくお願いします。


はじめに

 俺が北朝鮮に行きたいと思うようになったのは、故遠藤誠先生を偲ぶ会の席で出会った、あるおばはんとの話がきっかけだった。
 「藤川さん。北朝鮮にもお寺がありましたよ」
 「どうせ、観光目的の寺やろ?」
 「でもちゃんとお坊さんがいて、お経を唱えていらっしゃいましたよ」
 そんなはずはない。金さん親子を教祖とした宗教教団のようなあの国で、宗教活動が認められて仏教が生きているとはとても信じられない。仮に本当だとしたら、僧侶たちはいったいどうやって暮らしているのだろう? 托鉢しているのだろうか、それとも日本のように先祖供養で食べていっているのだろうか?
 俺の衝撃は大きかった。そして俺の心の中に生まれた、あの特殊な体制の中で仏教がどのような状況に置かれているのかをこの目で確かめたいという気持ちは、日に日に大きくなっていった。

 あれから四年。ドタキャンに見舞われた白船平和義士団などの紆余曲折を経て、ようやく念願がかなうこととなった。
とはいえ今振り返ってみると、どうしてそんなに北朝鮮に引き寄せられるのか、自分でもよくわかっていなかったように思う。ただ何となく…でしかなかったかも知れない。  だが、そんな動機で訪れた北朝鮮での見聞は俺の宗教感というかブッダの哲学を考え直す、否、再確認させてくれるという結果をもたらした。

 京都生まれの俺がタイで出家してテーラワーダ仏教の僧侶となってから十三年。
俺はその間、機会を見つけては修行のためと称し、世界各国を比丘(乞食)として旅をしてきた。
ブッダの故郷であるインド、タイと同じテーラワーダ仏教の国ミャンマーなど東南アジアの国々はもちろん、キリスト教徒が国民のほとんどを占めるオーストラリアにも行ったし、いわゆる社会主義国であるベトナムや中国にも足を運んだ。
 俺が旅を続けているのは、元来じっとしていられない性分だからだという理由もある、だがそれ以上に、大きな思いを胸に俺は旅をしている。
それは「日本人に真の仏教、ブッダの哲学を語り伝えたい」という夢であり、そのためには各国の仏教の現状をこの目で見て、知っておく必要があるということだ。

 北朝鮮に行って俺はあらためて決意した。
葬式や儀式佛教ではない、真の仏教、ブッダの哲学をひとりでも多くの日本人に語りかけていこう。そのためにこの後の俺の人生をささげよう。
 それが、自分の行動に制約を受けない自由の国、日本で生まれ、それこそ好き勝手に、やりたい放題に生きてきた俺の、そしてブッダと出会えたおかげで心の自由をも得ることができた俺の、使命なのだ。
と大きな事を言って見ても、自分の欲望の向くままに、妻や子ども達、それに兄弟・親戚の迷惑も省みず、自分の好き勝手な人生を歩んできた俺。
日常会話もろくに話せない異国のタイで、51歳にもなって出家したにわか坊主の俺。 タイ文字で書かれた佛教書が読める訳も無く、日本の友人に頼んで送ってもらった、僅かな仏教書だけで学ぶしか手の無い俺。
そんな録に仏教用語も知らない俺に『葬式や儀式佛教ではない、真の仏教、ブッダの哲学をひとりでも多くの日本人に語りかけていこう。』などと大きな事を言う資格など無いのは、俺自身が一番よく判っているが、こんな出鱈目な人生を歩んできた男が、50をも過ぎてから"人生の指標・道標"としての人間ブッタの教え・真の佛教に触れ、魅せられ、惹かれ、帰依し、縁あって出家して、今ではこんなにも平安な日々・喜びの日々を過ごさせて頂いている男も居ることを、不安や孤独が小学生から高齢者まで広がっている、現在の日本の少しでも多くの人々に知って頂き、死後の世界の教えではない、現に今を生きる人間の人生の道標としてのブッタの教え・仏教を、再発見して頂く機縁にして頂ければと、小学生の頃から"何が苦手だ"と問われたら即座に"国語とくに作文"と答えて恥じ無かった、正しい言葉使いも漢字も録に書けない、にわか坊主の俺が恥じも忘れて書かせて頂いたこの一文、読んだあと内容はすぐ忘れて頂いて結構ですので、どうか文中に引用させて頂いた宝石のような"ブッタの言葉"だけでも、頭の隅に残していただき、日々の糧にして頂ければ、ろくに説教もできないにわか坊主の俺としては最も望むところです。




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