第三章 『北朝鮮 やじ馬見聞記』(その一)
羊角島国際ホテル
今回俺が参加したのは、平壌に六泊、妙香山に一泊するツアーである、と言っても同行者は俺とカマラマンの久保田の二人だけだったが。
平壌で利用したのは、羊角島国際ホテルという大同江の中洲に建つホテルで、俺の泊まった三十七階からは平壌市内の街並みを一望できた。
これがバンコクや東京のホテルなら『アッレー!スゴイジャン、すげー眺めだなー!』と歓声をあげ魅せられるところだろうが、平壌に着いた初日に平壌空港から直接このホテルに着いたのが、日の入りに近い夕方で、またこの日は生憎の曇り空だったせいもあるだろうが、窓から見渡すかぎりの街が全体的に暗いのだ、おまけに陰気なのだ。
確かに窓から眺めたらそんなに高いビルがアッチコッチに、無秩序にニョキニョキそびえている訳でもなく、いかにも都市計画に基づき計画的に街づくりをしました、と言わんばかりに街全体が人工的に整然としていて、ビルの壁の色も屋根の色も統一され、バンコクの『我勝手に好きなように建てましたと』言わんばかりの、雑然とした統一性の無い街並みを見慣れている俺の目には、刺激的なほど美しく見えた。
だが・だが・だ、如何せん陰気なのだ。
建物の壁の色は白色系統で統一され明るいのだが、街から生活の匂いが全然してこないのだ、人の気配が伝わってこないのだ。
まるで過って何かの映画かTVドラマで見た、ゴーストタウンのような雰囲気が伝わってくるのだ。そうだ何かの細菌が街に侵入し街中の人が死に絶え、建物だけが人々が生活していたときのまま放置され、生きものという生きものはすべて死に絶え、ドブネズミ一匹の姿さえ見あたらない、あの無人の街のような雰囲気なのだ。
日が暮れ、本来ならあの窓からもこの窓からも暖かい明かりが洩れ、家族の明るい笑い声が聞こえてきそうな団欒の時間になっても、ホテルの窓から見える明かりは、アッチの建物から一つ、コッチの窓から一つと、その気になって数えれば数えきれるくらいの数、通訳に言わせれば公称一千万人都市だと言うのにだ。
ホテルの窓から見上げた、夜空に輝く星の数のほうがよっぽど多く、その星明りのほうがよっぽど明るかった。
これって一国の首都でこの国が世界に誇る大都会・平壌の話しだ。
幾ら電気事情が悪いとは言えあまりにも暗すぎる、本当にこの街には人間が住んでいるのだろうか、本当はこの街は京都太秦の映画村に、撮影のために作られたセットの街のようなもので、外国からの韓国客に如何にもそれらしく見せるため、昼間は車やバスを走らせ人も歩いているが、夜になると人々は平壌の街から出て、どこか他の場所にある実際の生活の場である家に帰ってしまい、夜はこの街は無人なのでは?と、疑いたくなるほど街中が暗くって人の気配が感じられないのだ。
北朝鮮の電気事情が悪いことはよく知られていることだが、このホテルも御多分にもれずとても暗い。
ロビーも部屋もそこそこ立派だし、お風呂のお湯も二十四時間ちゃんと出るのだが、照明はとても読書ができるような明るさではなく、俺は毎晩NHKの衛星放送を見て過ごした。通訳によればNHKの衛星放送は中国経由で流れてきているとのことで、滞在中一晩だけ映らなくなったときに、ホテルが悪いのではなく中国側に原因があるとの説明を受けたのだが、何だかよくわからない話であった。
部屋にはテレビのほか、飲み水も入っていない空の冷蔵庫、湯沸し機能のついていないポットなどが用意されており(熱いお湯は入れてあった)、それらの設備はトイレのペーパーホルダーにいたるまで全て日本製である。
だが、やはりトイレットペーパーまでは手が回らないようで、お尻が痛くなるようなボロボロの紙がセットされていた。
北朝鮮のホテルには盗聴器やマジックミラーが仕掛けられているという噂がある。
俺はもし監視している人間がいるのであれば、そいつに見せつけてやろうと思って、鏡の前でわざと丸裸になり、ベットへ入り寝る時も掛け布団をかけずに、部屋の中では毎夜ずっと裸で過ごした。もし本当にマジックミラーが設置されていて、誰かが俺を監視していたらキット驚いただろうな。
その驚く顔を想像するだけで俺は笑いが噴出してきて『見たければ、どうぞ粗末なものだがユックリ観察しろや。ザマー見ろてんだ!』と。
久保田に後日聞いたら、彼は日本でTV局の人間から『北朝鮮のホテルに北朝鮮にとって危険性のある要注意人物が泊まると、夜中に喜び組の綺麗な姉ちゃんが部屋へ忍び込みベットへ誘い、それを隠しカメラで盗み撮りして“貴方が帰国後に、我が国にとって不利な発言をされたり、我が国の益を害うような報道をされたときには、このビデオを日本中に流し貴方の社会的生命を葬りますので”と脅しの材料に使われ、北朝鮮に有利な報道をするように強制されるからくれぐれも誘惑に乗らないように』と聞かされていたので“早く喜び組の姉ちゃん来ないかなー、来てくれたらすぐ誘惑に乗ってあげるのに”と期待に胸ふくらまし、一晩中マジマジともせず寝ずに待っていたが誰も来てくれなかったとボヤイテいた。
暗いとはいえ停電もなく、暖房もきいていたので不自由はなかったが、実は衣を脱ぎ裸で寝るのは戒律違反にあたる。テーラワーダ仏教では修行者は常に品位を保ち意識を攪乱しないため『三日連続して衣を身に纏わずに寝てはいけない』とか『立ったまま食物を口に入れてはならぬ』とかいろいろ細かいことまで決められていて、我々は例え人が見ていなくとも、チョットした食物を食べる時でも座らなければならない、とされているのである。
日本仏教の祖師でも曹洞宗の祖師道元禅師は『誰も見ていない部屋で一人で寝ている時でも、陰部は隠し僧としての品位を保たなければならない』と言う意味の教訓を述べておられるし、また『厠で用を足すときでも僧としての品位を忘れてはならぬ』と言っておられる。
実際にホテルの部屋に、隠しカメラやマジックミラーが仕込んで“あったか・どうか”は、俺は確認した訳ではないので何とも言えないが、2人の通訳兼ガイドは、我々が北朝鮮滞在中はズット家へ帰らず、俺たちと同じホテルのそれも同じ階の部屋に泊まっていて(通訳の一人に『お前の家は何処だ、このホテルから遠いのか』と聞いたら『あそこに見えています』とホテルから1kmくらい先のアパートを指差したにもかかわらずだ)、俺が一度、寝苦しいので“ホテル探検でもやってやるか”と夜の12時過ぎに部屋をそっと抜け出し廊下を歩き出した途端に、何処からともなく通訳が現れ『何処へ行かれるのですか?』と聞くので(それも背広をきちんと着てネクタイまで締めた昼間と同じ姿で)『寝苦しいので、チョット散歩でも』と答えると『もうホテルの玄関は閉まっているし、エレベーターも止まっているので、散歩は明日の朝にして下さい』と言って俺が部屋へ戻るまで見守っていたし、食堂が開いていたらモーニングコーヒーでも飲むかと、朝の5時頃に部屋を出たら、また後ろからそっと通訳が現れ『何処へ行かれますか?』と聞くのだった。
『自己を護る者は他の自己をも護る。
そのような人は常に害を受けることなく、賢者である』 増支部経典 6・54・9
『笑い、だじゃれ、悲泣、嫌悪,いつわり、詐欺、貪欲、高慢、激昂、粗暴なことば、汚濁、耽溺をすてて、おごりを徐去し、しっかりした態度で行え』経集 第二章 328
『恥を知らず、カラスのように厚かましく、図々しく、人を責め、大胆で、心の汚れた者は、生活し易い。
恥を知り、常に清きをもとめ、執着をはなれ、真理を見て清く暮す者は、生活し難い。
人よ、このように知れ・・・慎みがないのは悪いことである・・・貪りと不正のゆえに汝がながく苦しみを受けることのないように』
ダンマパダ 第十八章 244・245・248
“核保有”を宣言した北朝鮮の指導者にブッタの次の言葉を贈る。
『生きとし生けるものがすべて安楽で、平穏で、幸福でありますように。いかなる生命でも、生物でも、動物であれ、植物であれ、長いものも、大きなものも、中くらいなものも、短いものも、微細なものも、少し大きなものも、また今ここにいて目に見えるものも、見えないものも、遠くにいるものも、近くにいるものも、すでに生まれたものも、これから生まれるものも、一切の生きとし生きるものが幸福でありますように』
経集第一章 146・147
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