「オモロイ坊主の北朝鮮托鉢行」
〜北朝鮮に果たして真の仏教はあるのか?
      よど号犯人に一言物申す!〜

 
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第三章 『北朝鮮 やじ馬見聞記』(その二)

 万寿台大記念碑

 北朝鮮に行くにあたって、俺はいくつかの目標があった。ブッダと金さんとどっちが偉いと思っているのかを僧侶に聞いてみることと、あの日航「よど号」の乗っ取り犯グループの連中に『お前ら日本に帰る気があるのか?』と質問して彼らの考えを聞きだし、場合によって彼らに一発説教をかますこと。
そしてもう一つ、万寿台の丘に立つ金日成主席の銅像の前で決して頭を下げないこと。北朝鮮に入国した外国人は必ずこの銅像に花を捧げ、深くお辞儀をしなければならないらしいが、俺はそれを「自分が頭を下げるのはお釈迦さんだけや」と言って拒否してやろうと決意していた。
 テーラワーダ仏教の比丘にとって、頭を下げ帰依を誓う相手はブッタしかなく、ブッダに対してしか頭を下げない、ましてや在家の人間に頭を下げる事は無い。
だが日本人にこんな事を言うと『ジャー、師匠や先輩の比丘にも頭を下げないのか?』と、必ず聞かれるが、当然の礼儀として師や先輩比丘・同僚比丘とは、自分の目の前で両手を合すワイ(合掌)で持って挨拶を交わしている。だが在家の人には頭を下げたりワイ(合掌)をすることは絶対にない。比丘が在家の人に対しては、頭を下げたりワイ(合掌)をして挨拶をすることは禁じられている。これは在家の人々に対して故意に媚を振らないためである。
何でも頭を下げ『有難う』とか『ごめんなさい』と言えばだいたい事が丸く収まり、人間関係がスムーズにいくと言う、暗黙の約束事がまかり通っていて、社会生活の上での常識となっている日本で生まれ育った俺は、コレには参った!出家当時は在家の人に何か頂いたときや挨拶されたとき、本能的に『有難う』や『良いお天気ですね』とかが口から出て頭を下げたり、愛嬌笑いしてりして在家の人から『お坊さんから“有難う”などと礼を言われれば、こちらが困ってしまうのでやめてください』とよく怒られたものだ。
2004年10月に、タイでの出家を望み私を頼ってポムケウ寺へやって来て、出家に備え日常タイ語やお経の勉強をしている名古屋出身の鎌谷君も、2005年2月に希望が叶ってやっと本出家を前提とした、紗弥出家(見習出家)を果たし、黄衣を着た当初はこの点では苦労していた。
誰には『有難う』とお礼の言葉を言う必要があり、誰の場合にはお礼の言葉を言ってはいけないのかと、何時も口の中でブツブツ呟き、人から物を貰う度にウロウロしていた。 
ヒョットしたら衣の着かたに慣れるより、この問題に慣れることのほうが日本人に取っては難しいのでは。
 また信者から喜捨をいただいたときも、それに対して僧侶は決してお礼を言ってはならない。信者が僧侶に対してタンブンするのは、自分自身が徳を積むためであり、僧侶がお礼を言ってしまうと、その徳が減って消えてしまうとされているからだ。

 万寿台大記念碑に着くと、さっそく花束を売る係の人間が寄ってきた。
『ひとつ五百円です』と日本語で無理やり買わそうとするの『円って日本円か?ウオンではないのか?』と聞きなおすと『日本円だ!』と言う、『五百円は高か過ぎるのでは?』と根がケチな俺は思わず言葉が通じないのも忘れ、日本語で花売りのおばちゃんに叫んでしまった。
すると通訳の兄ちゃんが俺と花売りの間に立って、俺に向かってなにやら弁解を始めた。 どうやら花束を一つだけ買って、二人のうちどちらかが献花すればよいらしい。要は二人で五百円で一人二百五十円と言う勘定になるが、それでも金将軍だかなんだか知らないが、銅像に献花などする気が毛頭ない俺にとっては高すぎる。
俺は『宗教上の理由でそんなことはできん』と言って久保田にその役を押し付け、知らん顔していた。
『ここでは外国のお客様にも全員、我が国の国民と同じように金将軍の像に向かってに頭を下げていただくことになっています』と言いやがる。
『頭を下げろ』と通訳にそう言われても、そ知らぬ顔で頭を下げようとしない俺に、頭を下げるように促す通訳の表情がこわばっている。
周りを見回すと、こちらを監視しているような視線を感じる。
改めて周囲を見渡せば労働者風を装った男や、ホワイトカラー風を装った男達が、銅像を取り囲むように10人くらい立っていて、何気ない風を装っているが相手を押さえ込むよな険しい目つきでコチラの様子を伺っている。
一見しただけでその道の人間(日本で言う公安か秘密警察)だとすぐに分かる男たちが、あっちにもコッチにもウロウロ。
如何にも参観に来たと言うよな顔をして、何気なく立ってコッチの様子を観察し、イザとなればトッ捕まえるぞと言う面構え。
通訳はと言えば、そんな男達の顔色を横目でチラチラ見ながら、一向に頭を下げようとしない俺を見てオロオロと今にも泣き出しそうな顔。
俺はそんな通訳を見ていたらしまいにかわいそうになり、軽くうなずく程度に頭を下げ、そそくさと銅像に背を向けた。
 万寿台の丘にいたのは三十分くらいだっただろうか?モザイクの壁画が『ウンタラ・・・』とか、革命のために闘った人のブロンズ像が『ウンタラ・・・・』とかいう説明を聞く間にも、次から次へと北朝鮮の人たちがやってきて、金日成主席の銅像に花を捧げて頭を下げていった。
 彼らは俺が立っていた位置よりも、一段低いところまでしか銅像に近づけないそうだ。 二十人以上の人が姿勢を正し隊をなして、ぞろぞろと銅像に向かって歩いてくる姿は、俺には少し異様に感じられた。
 如何にも何遍も予行練習をしてから来ました、と言うよなおもちゃのブリキの兵隊さんの行進のような隊列を見ていたら、俺は思わず小学校の卒業式で、名を呼ばれ校長先生の前へ一人ずつ進み、卒業証書をもらった時の事を思い出し、人ことながら『よくあんな馬鹿げた事を大の大人が真面目腐った顔でヤリヨルナー』と俺のほうが恥ずかしくなってしまった。  そして彼らの中から代表が一段高い所へ進み出て、銅像に捧げる花を見た途端『あの花売りにハメラレタ!』と俺は思わずまた叫んでしまった。
どう見ても久保田の買った花束が一番の大きいのだ。社会主義国だというのにこの国もやっぱり外人からは『ぶったくる』のだ。

『男も女も幾百万人と数多くいるが、財産を貯えたあげくには、死の力に屈服する。 いくら財産を貯えても、最期には尽きてなくなってしまう。高い地位や身分も終には堕ちてしまう。結びついたものは終には離れてしまう。生命は終には死に至る。 生きとし生ける者どもは死ぬであろう。生命は終には死に至る。かれらはつくった業の如何にしたがっておもむき、それぞれ善と悪との報いをうけるであろう。』
ウダーナヴァルガ 第一章 21・22・23