第三章 『北朝鮮 やじ馬見聞記』(その三)
国際親善展覧館
国際親善展覧館とは金さん親子に贈られた、各国からの贈り物を展示している場所で、香山ホテルと普賢寺のちょうど真ん中くらいにある。『これでもか!』と言わんばかりの威圧感を感じさせるような建物の中に、世界の要人たちからの贈り物が山ほど飾ってあるところだ。それも金将軍様用の建物と、金総書記長様用の建物が別々に二棟も。
俺は、陳列品を見ながら中華思想を思い浮かべた。中華思想とは『中国こそが世界の中心であり最大の文明国であるとし、他の国を野蛮なものと侮蔑する』という思想だ。古代中国においては、その圧迫を避けるために周辺諸国の首長が次から次へと貢物を持って挨拶に訪れたという。
『それと同じなのです。北朝鮮こそがこれからの世界の中心になるのです。だから世界各国の首長たちや、学者がこぞって贈り物を持ってわが国に来るのです』
この展覧館は明らかにそう言いたいがために作られたのだろう。
駐車場には、二十台近くの大型バスが停められ、小学生や中学生、さらには大人たちも晴れ着を着て、係官の指示に従いきちんと整列して並び、入館を待つ姿が見られた。
何処へ観光に行ってもそうだったが、我々は他の観光客とは(北朝鮮人の団体は勿論、他国の観光客や、例えそれが俺たちと同じ日本人であっても)館の内外を問わず絶対に一緒になる事がないように、一定の間隔を保てるようにと、入場する前に時間調整のためしばらく待たされたあと、例によってチョゴリを着た綺麗な喜び組み風お姉ちゃんに、バカでっかい豪華な入り口へ案内され『はい、これを』とお姉ちゃんから白い手袋を渡され、俺が『この手袋でなにをやれと言うのや』と不審そうにお姉ちゃんの顔を見ると『これでドアのノブを回し扉を開いて下さい』と言うのだ『何のことはない値打ちづけの演出やんけ』とボヤキながらも、手袋でノブを回し扉を空け、恐ろしく高い天井の建物の中へ入ると、例によって金さんの蝋人形の前で一列に横に並んで、お辞儀をしなければならない部屋に案内される。
俺はまたもや知らん振りを決め込んでいたのだが、通訳はそんな俺の様子を見ても『先生は挨拶できないんですよね』と言うだけで、特に強制してくるようなことはなかった。
それにしても、ものすごい数の贈り物だ。贈り主はカストロ、シアヌーク、毛沢東、スターリンなど錚々たるメンバーで、日本人も金丸信を始め、国会議員や元社会党関係者・大学教授や著名な学者など、俺でも知っている名前がゾロゾロと出てくる。
『これを持ってきた日本人はアホやちゃうか!』と俺は思わず口走った。そうまでして金さんのご機嫌をとって友好を結ばなければならないのだろうか。そういった関係は、物をあげたり、もらったりすることによって始まるものではないはずだ。
『ゴマすり外交』という言葉があるが、ここはその象徴のようなところである。北朝鮮サイドも、世界で下から数えた方が早いと言われている貧しい国で、こんな恐ろしいほど立派な建物を建てて一般に公開するより、もっと別の金の使い方があるだろうに…!
この展覧館は北朝鮮の中で一番腹が立った場所として俺の記憶に残った。
考えてみい!日本人のアホどもが金さんに贈り物を贈っていたその同じときに、多くの日本人が拉致されておったんや。日本はなめられてんのや!
こら元社会党の土井たか子!『お前は北朝鮮には絶対に拉致問題はない』と国民の前で公言し、拉致問題の発覚を遅らせた責任をどう取るのだ。
俺はかって『もし日本に女性首相が生まれるとしたら、土井たか子しかおらんやろ』と、お前に日本の将来の一抹の望みを賭けていただけに、俺はお前から“金将軍に贈られた”と言う贈り物を見た途端に、恥ずかしさと無念さで胸がムカムカしてきて、思わず建物を飛び出そうになった。
人間は誰でも誤りはある。何処を探しても完璧な人間なんていない。
だけど過ちに気づいた時に『どうするか?』これで人間としての価値が決まると俺は思う。
これまで『拉致問題は無い』と長い間日本人の拉致を認めなかった、その北朝鮮が2002年9月17日に始めて、金総書記長が平壌で小泉首相に日本人拉致を認め謝罪し、再発防止を約束したにもかかわらず、土井たか子が国民の前で、公式に己のかっての過ちを認め謝罪したとは、未だに俺は聞かない。
俺は日本を離れタイの僧院で、政治とは縁遠い暮らしをしてもう13年、かっての社会党がその後どうなったのかも、土井たか子が今どうしているのかも知る由もない。
だけどこんな人間が率いていた政党が、もし政権を握る事でもなれば日本も終わりだと、目の前のケースに収められていた『贈呈。日本社会党土井たか子』と書かれた置物を眺めながら、俺は考え腹立ちを収める事が出来なかった。
贈り物が並べられていたのは、土井たか子だけではない、自由党の政治家や旧社会党や民主党の政治家、それにかって北朝鮮通として名を馳せた大学教授・学者連中・・・・・彼らが“もっと早い時点で拉致問題に気づき被害者の救出に動いていたら”と考える時、彼らは今、拉致被害者の家族にどう詫びると言うのだろうか。
俺は通訳やこの建物を案内してくれた綺麗な姉ちゃんに(彼女達は通訳以上に日本語がベラベラ)『一昨年、日本の小泉首相が平壌へ来て金総書記と会談したが、この国では何の話をしたと報道されているのですか?』と拉致問題を聞きだそうと鎌をかけて聞いて見たが、誰もが『日本の首相は金総書記長様に、前の戦争で日本の侵した罪の謝罪に来られたのだ』と言う答えが帰ってくるだけで、それとはなくアレやこれやと鎌をかけてみたが、国民にはそれ以上は知らされていない、報道されていないようだった。
『六方礼経』より“見せかけの友”
“見せかけの友”
長者の子よ、次の四つは友ではなく、見せかけの友であると知るべきである。
人のことは構わず取るだけの人は友でなく、見せかけの友であると知るべきである。
口先だけの人は友でなく、見せかけの友であると知るべきである。
相手が好むことを言う人は友ではなく、見せかけの友であると知るべきである。
財を減らす連れは友ではなく、見せかけの友であると知るべきである。・・・・・・・・・・・・
人のことは構わず取るだけの友、口先だけの友、相手が好むことを言う人、財を減らすことに於いて仲間である人、
これら四種は友でないと知り、賢者は、危険な道を避けるようにこれらを遠く避ける方がよい。
“心からの友”
長者の子よ、次の四つは心からの友であると知るべきである。
援助する人は、心からの友であると知るべきである。
苦楽を共にする人は、心からの友であると知るべきである。
ためになる事を言う人は、心からの友であると知るべきである。
慈愛のある人は、心からの友であると知るべきである。・・・・・・・・・・・・・・・・
援助する友、苦楽を共にする友、為になることを言う友、慈愛ある友、
これら四種は友であることを知って、賢者は母がわが子に対するように敬意をもって親しむがよい。
蜂が食物を集めつつあるように行動する彼の財が積まれるのは、まるで蟻塚が高まるようなものである。
このように財を集めて良家の有能な家主となる。
彼はその財を四分するがよい。
財の一分をもって自ら生活せよ。
二分を似て業務を営め。
第四分を貯蓄せよ。窮乏の時役立つであろう。
『南方仏教聖典』ウ・ウエープッラ著 中山書房仏書林発行 より
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