「オモロイ坊主の北朝鮮托鉢行」
〜北朝鮮に果たして真の仏教はあるのか?
      よど号犯人に一言物申す!〜

 
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第三章 『北朝鮮 やじ馬見聞記』(その七)

 平壌の中学校

  15時に羊角島国際ホテルを出発し、平壌市内にある中学校見学へと向かった。12時に昼食は終了していたのでそのまま移動すればいいものを、わざわざ一度ホテルへ戻り15時まで部屋で休憩させられたために、学校へ到着したのは17時を過ぎていた。  

このツアーでは、平壌にいる時は毎日必ず昼食後の休憩を取らなければならない。どこで昼食を取ろうが、いったんホテルへ帰り、一、二時間休んでから次の目的地へ移動するのだ。その出発時間は五分としてずらす事は許されないようで、いくら俺と久保田が早めに集合しても、出発が早まることは一切ない。完璧に組み立てられたスケジュールで動くことが常に強要されたことも、俺の疲労へとつながっていた。  

だいたいおかしいではないか。17時といえば通常授業は終わる時間だ。これでは『外国人向けに演技して授業を見せている』とメディアが言うのもうなずけるというものだ。  

中学校では、理科室での実験の様子や金さんの革命理論を教えている授業、そして音楽教室を見学した。
 理科の授業は顕微鏡を使った観察の時間だった。子供たちは一生懸命何かを見ているようだったが、果たしてちゃんと観察ができるのだろうかと疑問を感じてしまうほど、教室の照明は暗かった。
男女合わせて30人くらいの生徒が、それぞれ一台づつの顕微鏡を与えられ、一生懸命に顕微鏡のレンズを覗いているので通訳に『何を観察しているのか聞いてくれ』と言うと、通訳は近くの机で、一生懸命顕微鏡を覗き込んでいる女生徒に何か質問し『ジャガ芋の澱粉組織を観察しているそうです』と答え、それを聞いていた女の先生が通訳に何か言うと、通訳は俺に『お坊さんも覗いて見て下さいと先生が仰っています』と言うので傍の男子生徒が覗いていた顕微鏡を覗いて見ると、確かに私が中学の頃に理科の実験で観察したのと同じような澱粉の組織が見えた。
その時、教室の静寂を破るような“ガッシャ”という何かが壊れたような、ニブイ音が聞こえて来たので、音のした方を見ると、如何にも体育系だといわんばかりの、そのクラスの中でも一番大きくて丸々太った、男子生徒が顔を真っ赤にして、顕微鏡のレンズの下にセットした、観察対象物を挟むガラスの板を必死で触ったあと、なんでも無かったような振りをしてまた観察を始めるので、私はその男子生徒に近づき『ちょっと』と言ってその生徒の覗いていた顕微鏡を覗いたら、レンズの下に固定してあるガラス板は見事に割れていて、幾らレンズを調整してもガラスの裂け目が見えるだけで、肝心の芋の澱粉組織は見えなかった。それでもその生徒は何でも無かったような顔で、私達がその理科実験室から出て行くまで顕微鏡を覗いていた。
 音楽教室の後方には豪華な応接用テーブルとイスがセットされていて、案内してくださった先生に、座るようにと勧められるままに腰を下ろすと、勉強机やイスを部屋の隅に積み上げて、舞台のように作られた教室の前方中央の空間のところへ、喜び組のお姉ちゃんと同じ様な化粧をした女の子が、赤や白の綺麗な彩の民族衣装チョゴリを着て出てきて横二列に並び、リーダの合図でニッコリ笑い頭を下げ『今日は』と片言で挨拶し『これから歓迎の歌と楽器の演奏をします』と歌をうたったり、アコーディオンやお琴を弾いたりしてくれた。朝鮮民謡に混じって“赤とんぼ”などの日本の歌も披露してくれ、本当に上手だった。
元々音楽にあまり興味がなく、出家してからはほとんど音楽に触れる機会のない俺だが、それでもうっとりするような綺麗な声だった。だが、哀しいことにその表情はみんな同じなのだ、誰かに指示された作られた表情、作られた笑顔だ。
今の日本のコンビニやチエーンレストランでも、全てがマニアル化されていて、どの店の店員も同じような制服を着て、同じようなアクセントで・同じような言葉で・同じような笑顔で接客するように義務付けられているそうだが、俺はそんな店員の働いている店へ行くと、何を食っても何を飲んでも同じような味がしてきて、なんとも言えない味気ない気分になり、もう二度と来ないぞ!と思ったりするのだが、これって俺が特別なのだろうか?京都へ寄った時に娘にこの話をすると『お父ちゃん、今時の日本でそんなことを言っていたら入れる店なんてなくなるよ。そりゃ目の飛び出るような値段の店へ行って、お金に糸目をつけなくとも良い大金持ちなら別だが』と言われるが、北朝鮮の何処へ行っても、同じ化粧、同じ笑顔の姉ちゃんに迎えられ、案内される、俺たちもマニアル化された観光客だからかな。

同じ顔で、同じ笑顔で踊る子供たちを見ているうちに、俺は涙が出てきてしまった。 この笑顔は、喜び組といっしょやんけ!まだ子供やぞ!それが何でこんなに個性を殺させ、同じ表情をさせんね!この子ら化粧させんでも、愛想笑いさせんでも、充分綺麗やんケ、充分可愛いやんケ。可哀そうに!子どもは金さんのものでも、親のものでも、誰のものでもあらへん、世界中の子ども達は、この地球を我々の世代から未来へと引き継ぎ、発展させてくれる、我々地球人全員の大事な大事な宝や。そんな大事な跡継ぎを国や体制の宣伝道具に使うな!もっと伸び伸び育ててやってくれよ金さん!と思わず叫びたくなり、子供達の上手な歌や演奏を見ている間中、涙が溢れて溢れて、肝心の子ども達がボヤケなにも見えなかった。
 校内の廊下や階段ですれ違った子供たちも同じだ。俺が笑いかけても目をそらしてしまい、決して笑い返してこない。こんな国は始めてだ。どんなに貧しい国でも、たとえ言葉が通じなくても、俺が子供達にニッコと笑いかけるとニッコと笑顔を返してくれるのに。

 先日も『最近、電車のマナーが気になって仕方ありません。携帯電話で大声を話すヤツ。大きな顔で化粧をしている女子高生。その中でも目に付くのは、車内を走り回ったり、お菓子を食べている子どもと、それを放って黙って見ている親です!とはいえ、このご時世、見ず知らずの私が人様の子どもを怒鳴るわけにもいかず、 じっと我慢しています。もはや日本には“道徳”や“礼節”という言葉は死語になったのか、と嘆いています。私としては少なくとも、子ども世代に正しいマナーを伝える義務が大人にはあると思うのですが、どんなことをすればいいと思います』てなメールが日本から送られて来たがこれもそうだ。
決して子どもが悪いのでは無い。そんな子を“私は子どもを伸び伸び自由に育てています。この子は私の子どもです。私の子を私が好きなように育てて何が悪いの。他人に何故私の子どものことで口を出されなければならないの”と言わんばかりに放って黙って見ている親。
それに『私としては少なくとも子ども世代に、正しいマナーを伝える義務が大人にはあると思うのですが、このご時世、見ず知らずの私が人様の子どもを怒鳴るわけにもいかず、 じっと我慢しています』と内心では不快に思いながらも表面では無関心を装い、これも黙って見ている周囲の大人たち。
自分の子だから自分の好きなように育てる権利がある、他人の子どもだから私が『道徳や礼節』を教える必要は無いし、また他人の子どもにそんなことをする権利も無い、と、子どもを自分の子だからとか、他人の子だからと、私物化して考える現在の日本の大人。 俺はこの考え方が、現在日本で子どもを巻き込んだ、凶悪犯罪が頻発する原因の第一だと思う。
世界中の子どもは、肌の黒い子も、白い子も、黄色い子も、アメリカの子も、朝鮮の子も、タイの子も、日本の子も、どこのどの子も、世界中の子ども達は、この地球を引き継ぎ守って行ってくれる、地球人全員のかけがいのない宝なのだ。心から自分の子の幸せと繁栄を願うなら、世界の子達すべてが幸せにならなければ、我が子も幸せになれない、と、いう道理は現在の情報時代を生きる人間なら誰でも判る筈だ。

『お客さんと記念写真を撮りましょう』  先生がそう言うと、クラスの中で一番綺麗な子が間髪入れず立ち上がり、俺の傍に駆け寄り両側から腕を組んできて、ニッコと例の喜び組のお姉ちゃんと同じ作り笑顔で笑い、久保田の向けるTVカメラに向かってポーズを取るのだ。 『先生が、お客さんと一緒に写真を撮りましょう、と言ったら貴女と貴女が立ち上がり、お客さんの傍へ駆け寄り、腕を組みポーズをとりなさい』と、前もってこんなことにも役割が決められ、筋書きが書かれていて、子ども達はそれに従うように教育されているのかと、俺は、ただひたすら哀しかった。


『子のあるものは子について憂い、また牛(財)のあるものは牛(財)に憂う。実に人間の憂いは執着するもとのものである。執著するもとのない人は、憂うることが無い。』 スッタニパータ 第一章 34

『あたかも、母が己がひとり子を命をかけて護るように、そのように一切の生きとし生きるものどもに対しても、無量の慈しみの心を起こすべし、  また全世界に対して無量の慈しみの意を起こすべし。』 スッタニパータ 第一章 149

『“わたしには子がいる。私には財がある”と思って愚かなものは悩む。しかし、すでに自分が自分のものでない〔諸法非我・無我〕。ましてどうして子が自分のものであろうか。どうして財が自分のもであろうか。』        ウダーナヴァルガ 第一章 20
     




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