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第三章 『北朝鮮 やじ馬見聞記』(その九) 西海閘門 平壌から車で一時間半ほどのところにある西海閘門は、大同江の河口を八キロメートルにわたってせき止め、築き上げられた巨大なダムである。 朝鮮西海は潮の干満が激しく、満ち潮時は海水が平壌市内までいたるとのことで、この閘門が完成する前は、大雨と満ち潮が重なって洪水がたびたび起きていたという。 『金将軍の発案で、金将軍自らの計画立案と設計により、住宅四十万棟分にあたる鋼材やセメントなどが使われ、一日三万人の兵士が動員されました。世界中から実行不可能と言われていたこの事業を、設計から完成まで、どこの国の力も借りずに五年で成し遂げることができたので、やる気になって国民の知恵と労力を結集すれば、この国は何でもできるという大きな自信につながり、国家の発展に大きく寄与しています』 通訳の『国家総動員』という言葉に、俺は戦前の日本を思い浮かべた。 『お国のため』を合言葉にすべての国民が戦争へと駆り出された時代に、最も犠牲となったのは一般の人だった。きっとこの閘門もごく普通の人々の暮らしが犠牲となって作られたのに違いない。確かに立派なダムだ。風景としても美しい。 俺はこういった立派な建造物や遺跡を見るたびに、『いったいこれを作るためにどのくらいの人が犠牲になられたのだろうか』と考え込んでしまう。 カンボジヤのアンコールワットも、ミャンマー・バガンのパコダ群もそうだ、俺はいつもその偉大さに見とれると同時に、現在のようにブルトーザーやクレンなどの土木重機も機械も無かった何百年も前に、人力や牛・馬の力だけでよくこれだけのものを造ったものだ、と感心すると同時に『一体どれだけの奴隷達がこれを造るのに動員され、どれほどの奴隷が工事中にその犠牲となって死んでいったのだろう。これを造る為に一体何人の奴隷の赤い血と涙と汗が流されたのだろう。どこの遺跡へ行っても“この建物は約×百年前に〇王によって造られました”と案内書には書いてはあるが、ここで大きな石を運んだり、積み上げたり、刻んだりして汗水流した労働者や、ときには命を落した人々が居られたことさえ何の記録も残っていない。これを建てたと言われる王の名前は残されているのに。』と考えその遺跡を見ていると、過ってここで汗水流し酷使されたであろう、奴隷の人々のうめき声が聞こえてき、遺跡の壁面から赤い血が滲み出すような錯覚に襲われるのだ。 だから俺はあまり遺跡と言うのが好きでない。 カンボジヤのアンコール遺跡なんかも、好きな人は一通り見るのに10日間あっても足りず、『日本から何回も何回も足を運んでいるが未だ満足できません』と仰るが、私はいつ行ってもサーッと見て周るだけで、殆どはアンコール宮殿の中で涼しい場所を見つけて、観光客のざわめきも何処吹く風で瞑想に耽っている。 だから俺は日本の黒部ダムや、険しい山を切り開いてつけられた道路やトンネルを見学にいくたびに慰霊碑を探し、坊主の端くれとして犠牲となった人の霊を弔うことにしている。 タイは険しい山を切り開いて造られた道路や、地盤が悪く難工事のすえ開通した道路など、多くの犠牲者を出して開通した道路の道中のどこかには、必ず犠牲者を奉る祠が建てられ、地元の人々がいつもセンコ・ローソク・花を供えお参りされていて、その前を車で通過する時には、運転手は必ずクラクションを三回鳴らし片手でワイ(合掌)をして、工事の犠牲者に感謝の気持ちを表すのが一種の運転マナーのようになっている。 だが、この西海閘門には慰霊碑はなく、この閘門を建設した兵士や労働者を称える銅像が建てられているだけだった。 俺が『この工事で亡くなられたり、重症を負われた方は何人くらい居られますか?』 と通訳に聞くと 『いいえ犠牲者は一人も有りませんでした。金将軍様と金総書記長様の監督下で行う工事に、事故など発生する訳がありません』 と、通訳は胸を張って答えたのだが、日本の黒部ダムの工事でさえ、多くの尊い人命が犠牲になられたと聞いているし、現にその慰霊碑に俺はお参りに行ったが! 俺の行ったときは、ちょうど引き潮の時間だったので、潮干狩りをしている人が大勢見られた。日本が輸入している外国産のアサリのうち、約六割は北朝鮮からだという話を聞いたことがあるが、ここで取れるアサリも日本へ行くのだろうか。 『己が罪過を指摘し過ちを告げてくれる聡明な人に会ったならば、その賢い人につき従え。 ・・隠してある財宝のありかを告げてくれる人に従うように。 そのような人につき従うなら、善いことがあり、悪いことは無い。 悪い友と交わるな。卑しい人と交わるな。尊い人と交われ。 水道をつくる人は水をみちびき、矢をつくる人は矢を矯め、大工は木材を矯め、 賢者は自己をととのえる。 一つの岩の塊が風に揺るがないように、賢者は非難と賞讃とに動じない』 ダンマパダ 第六章 76・77・78・81 |