第二章 北朝鮮の仏教事情(その三)
法雲庵
その日の午後、平壌の中心部から西に十三キロほど離れた龍岳山の中腹にある法雲庵を訪ねた。この寺で俺は、北朝鮮に来て初めて感情を表に出す人間に出会うことができた。
平城市内を抜け郊外へ出て、一時間あまり車で道路工事中の山道(道路工事と言っても日本の道路工事現場とは大違いで、土を削るブルートーザーやコンクリートを練るミキサーもなく、大きな岩盤だけはダイナマイトで爆破されていたが、爆破された土砂はツルハシで小さく砕かれ、スコップでモッコに入れ肩で担ぎ谷底へ捨てられ、コンクリートはスコップで練ってバケツで運ぶと言う文字通りの人海戦術で、軍服を着た若い兵士を中心に恐ろしく多くの男女が動員され、全くの手作業状態でまともな道具といえばツルハシ・スコップ・モッコ・バケツくらいしかなく、山頂までの延々何キロにも渡る山道に黒い服を着た1万人以上の人々が、それこそ蟻の集団のよう群がって工事をしていた。その様子は、まるで映画で見た江戸時代の道路工事そのものだった。)を車のクラクションをけたたましく鳴らしながら、作業員を文字とおり蹴散らし押し退け、すり抜け、山頂の寺を目指し登っていった。
高句麗時代に建立されたというこの寺も、朝鮮戦争の時にアメリカ軍に爆撃されすべて炎上破壊してしまったということで、この寺の建物も仏像も東映映画村のにわか作りのセットのようだった。
この寺にもどうした訳だか住職は居られず、七十歳くらいのオバハンが管理人として常駐していた。
またしても僧侶との対面が果たせず、疑心暗鬼で『本当はこの国には宗教の自由なんて、佛教活動なんか認められていなく、僧侶なんて国中探してもいないのだろう?』とチョット・キツイ目の語調で通訳に詰問すると『そんなことはありませんよ。この寺には居られませんが明日から周るお寺にはちゃんとお坊さんは居られますよ』と言うので、内心がっかりしながらも、明日があるさと気を取り直し本堂らしき建物の中へ上がりこみ、そこに奉ってあった釈迦三尊仏に向かってお経を唱えていたのだが、程なくして誰かの鼻をすする音が聞こえてくる。気になって周り見渡すとなんと管理人のオバハンが、お経を唱える俺の脇に立って泣いているではないか。俺も今まで幾度となく人前でお経を唱えてきたが、感謝されたことはあっても泣かれたことはほとんどないので、これにはまず驚いた。
(釈迦三尊とは一般的に「中心に釈迦如来、左に文殊菩薩、右に普賢菩薩」の三位一体の仏像配置のことを言います。
釈迦如来は唯一現世存在が確実視されている仏様で、大乗においては永遠不滅の釈迦の教えそのもののことであるとも言えます(本来的には釈迦の肉体は滅び、その教えだけが残ったのですが、教えそのものを人格表現したものが釈迦如来であるといえるでしょう)。
文殊菩薩は智慧の菩薩です。物事に執着することなく、主観を交えずに世の中を捉えることができるといわれます。この場合の文殊菩薩の役割は、種種の煩悩を断ち切る仏の智慧の功徳を人格表現なされたものだといえます。
普賢菩薩はお釈迦様の脇侍として文殊菩薩と対を成す菩薩です。「普賢」とは普く一切に最妙の善果を施すことですから、つまりは「慈悲」のこころを人格表現したものだということができます。
釈迦三尊における各々の役割は、永遠不滅の釈迦の教えの展開として、それぞれ「智慧」「慈悲」の性質を持つ脇侍がそれを強調しているのだ、ということができるかと思います。
ときには文殊菩薩や普賢菩薩に代わり観音菩薩が奉られているお寺もあります。
観音様とは正確には「観世音菩薩」あるいは「観自在菩薩」といわれます。
観世音とは世の中の「音」を観ずる菩薩ということです。人々の心の働き、喜びや怒り、悲しみ、憂い、そういった感情の「音」を聞き分けて、かつ「観自在」すなわち何者にもとらわれない自由な心境を獲得せしめている菩薩です。
観音信仰
人々の心の働き、その現われとして「観音さま」がいらっしゃるわけですから、その信仰は非常に根強く人気の高いものです。
人の心の働きはなんでも観音さまにたとえられますから、これほど身近に親しみやすい存在もないでしょう。
観音信仰は主に先祖追善・現世利益の二つの要素を持っていますが、いずれも絶対現世に生きる我々の心の働き、またそれによっておこりうる現実的事象が「観音さまの功徳」として信仰の対象となっていることがわかります。
現世の出来事全てが観音さまの慈悲の心の現われ、というよりは現世の事象全てをあえて人格化したとき、現れる姿を「観音さま」と呼ぶのかもしれません。
インドで発生した観音信仰は、中国〜日本と伝来するに従ってその役目も細分化され、様々な功徳を分担する多様な観音さまが創造されましたが、観音信仰の根本は「現世に生きる我々衆生の心の働き、その表現形態としての観音を尊ぶ」ということだと思います。
注:私は大乗の仏様については正式に学んだ事が無いので、バンコクに在る“日本人納骨堂”で
堂守をしておられる高野山からの留学僧・吉田師に教えを請いました。)
読経を終えて立ち上がろうとする俺に、そのオバハンは手を貸してくれた。女性に触れることは戒律で禁じられているが、こういう場合はどうしようもない。オバハンは腕を組み、俺を抱きかかえるようにして、獨聖閣、山神閣、七星閣と書かれた裏の建物へ案内してくれた。
建物に書かれた漢字は読めたが、一体どう言う建物なのか何が奉ってあるのかも良く判らない。通訳の説明によるとなんでも『この土地の、この山の神が奉ってある』とのことだった。
そこには仏像はなく、神さんか仏さんらしい絵が飾られているだけなのだが、俺はひとつひとつ建物の中へ入り正座してお参りしてまわった。
一通りお参りし終わると、そのオバハンが中庭のベンチを指さし“マー休みなさい”と手振り身振りで言うので腰をかけると、オバハンも隣に座り傍に居た孫らしき幼子の持っている菓子袋を取り上げ、中から飴らしきものを取りだして包み紙を剥き、俺に“食べなさい”とばかりに口の中に突っ込むので思わず尻を横へずらし逃げると、オバハンも尻をずらせ俺に迫ってきて、飴を持った手で俺の首に抱きつくのだ『オバハン・待て、待ってくれヨ!オバハンは見たところ、もうとっくの昔に生理もあがってるやろけど、やっぱり女は女やんけ。俺が帰依しているテーラヴァーダ佛教では、比丘は例えまだオムツの取れてない赤子でも、生理があがって女の役を果たせなくなったオバンでも、女と名の付くものに衣が触ってもアカンのや!そやのにオバハン俺に抱きつくのは堪忍してくれや!こんなことされたら俺、破門になるやんけ』と通じる筈もない京都弁で捲くし立てたが、オバハンは一向にお構いなく、マスマス俺の首に回した腕の力を強め、おまけにホホずりまでしてくる始末。
そしてオバハンは『お坊さんずっとここに居てください・この寺には長いことお坊さんが居やれへのや。お坊さんの三度の食事の世話や洗濯は私がやります』と泣きついて来るのだ。
仏の教を信じている人間がこの国にもいる! 北朝鮮の人々の心の奥底には宗教を大切にする気持ちが残っている!北朝鮮の人々の心の底には佛教は今も生きている!事前に『北朝鮮では宗教は麻薬とされているのだから、下手なこと言ったら拘留されタイへ帰れないぞ・拉致されるぞ』と、TBSの連中に随分と脅かされて来ただけに、この国の人々の心の底にもブッタは生きている! このオバハンの涙がその証明だ!と、 俺は本当に嬉しくなり、ホホにぼろぼろと涙を流しながらいつまでも大きく手を振って、俺を見送ってくれたオバハンと法雲庵を後ろ髪が引かれる思いで後にした。
このオバハンとの会話の中で、「独身ですか?」という問いがあった。テーラヴァーダ仏教ではもちろん妻帯は許されていないので、タイにいる僧侶がこういう質問をされることはありえない。日本人からすると、僧侶に妻や家族がいても何の疑問も感じないだろうが、そもそも仏教においては、ブッタの教えの下で出家するという事は、輪廻の輪を断ち切り二度とこの苦しみの世に生を受けない、真の解脱を求め比丘となるのだから、解脱の妨げの基となる原因である愛執の対象を作らないためで、出家者と言う意味は文字通り、全てを捨て家を出て道を求める者のことだ。
『愛する人と会うな。愛しない人とも会うな。愛する人と会わないのは苦しい。また愛しない人に会うのも苦しい。それ故に愛する人をつくるな。愛する人を失うのはわざわいである。愛する人も憎む人々もいない人々には、わずらいの絆が存在しない。愛するものから憂いが生じ、愛するものから恐れが生じる、愛するものを離れた成らば、憂いは存在しない。どうして恐れる事があろうか?』
ダンマパダ 第十六章 二0九〜二一二
『勇敢に流れを断て。諸の欲望をきっぱり去れ。諸の欲望を捨てなければ、聖者は一体に達することができない。智慧ある人は、なすべきことをいつも為しつつ、それを断固として実行せよ。行いのだらけた出家修行は、多くの塵を受ける』
ウダーナヴァルガ 第十一章 一・二
『若木の頂が繁茂し、枝葉が生えてしまったならば、それを除き去るのは困難であるように、私は妻を娶ってしまったから、出家するのは難しい、しかし私を許せ。私はいまや出家してしまったのである・・・アートウマ長老。』 テーラガーター 第七章 七十一
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