「オモロイ坊主の北朝鮮托鉢行」
〜北朝鮮に果たして真の仏教はあるのか?
      よど号犯人に一言物申す!〜

 
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第二章 北朝鮮の仏教事情(その六)

 広法寺

 北朝鮮四日目に、平壌の中心部から北東約十キロのところにある大城山に建つ広法寺を訪れた。この寺もアメリカ軍の絨毯爆撃で全て焼けてしまったとかで、現在はまるで映画のセットのようなちゃちな寺だった。
住職は前々日に訪ねた安和寺の近くで生まれ、安和寺の住職に小さい頃よく遊んでもらって影響を受けて出家したとの話だったが、その割には全く人間味を感じさせない男だった。安和寺は山の奥深くにある寺のせいか、まだ住職と通じるものがあったし、人間らしさを感じることもできたのだが、広法寺の住職との会話は、まるで役所の職員と話しているような雰囲気だった。

『このお寺はいつ頃に建てられたのですか?』
『三九二年です。朝鮮戦争のときに全壊してしまったものを、金日成将軍様のお力で十年ほど前に復元しました』
『いつからこの寺にいるのですか?』
『十四年前、政府から言われてこの寺に来ました』
『どうやって生活しているのですか?』
『金日成将軍様によって僧侶の生活は保障されています』
『このお寺には何人くらいお参りに来られますか?』
『一年に千人くらいです』
『一年に千人ですか?と言うことは一ヶ月に90人足らず、一日に三人もお参りの来られたら多いほうですね。』
『日曜日は多いですが、平日はほとんど居られません』
『先祖供養はするのですか?』
『この国では、僧侶が先祖供養のために信者の家にお経を唱えに行ったり、信者さんがお 寺に来られお経を唱えて、お金(お布施)をいただくようなことはありません』
先祖供養もせず、信者さんがお参りに来られるのが一年にたった千人では、とても暮らしてはいけない。
政府に命じられてこの寺に派遣されて来たということは、やはり北朝鮮では仏教寺院も僧侶も国の支配下にあるということだ。

 タイでは、僧侶の生活はすべて信者からのタンブンで成り立っている。タンブンとは日本語で“得を積む”ことを指し、タイの人々は寺や比丘に対してお金や食べ物を喜捨することで得を積み、今世での幸せと来世での良き輪廻を願う。

仏教では『因果』を説いているが、これは全ての事象には『因(原因)』あり、それがなんらかの『縁』で結ばれ『果(結果・成果)』となる。現在風に言えば水は『水素』と『酸素』が何らかの条件で結ばれ(大気の温度などの条件)『H 2 O』と結ばれた時に『水』になり、温度が変化すれば凍り『氷』と呼ばれたり、蒸発して『水蒸気』となり上空へ昇り冷やされまた『水(雨)』と呼ばれる。同じ水素と酸素が結ばれてもその条件が違えば、まったく違った性質の物質になることも有り得るようなもので、タイでは(上座仏教を信奉する国々では)一般的にその人の行いによって、その人の未来と来世の幸運・不運が決まる、と信じられていて『善い行いには・善い結果が得られ』『悪い行いには・悪い結果が現れる』と言う教えが現在も日常生活の中に生きていて、タイ人の日常の生活思考・行動はこの思想が大きく影響しているようだ。

我々タイ比丘は僧院の中で暮らしている限り、日常生活にお金はほとんど必要ない。食べる物は毎朝の托鉢で得られるし、着る物は袈裟を二、三枚持っていれば足りるし、その袈裟も、毎年3ケ月間の雨安居明けには無事安居の修行を終えた事を祝って、信者さんが毎年布施してくださるし、以前はバスに乗るにもお金を払わずに済んだ。
だが最近は、タイでも少しずつ変化が現れ比丘のバス代や交通費は無料、と法律や条令で決められている訳ではないので、バンコク都内を走っている都営バスは、慣習的に車掌が比丘に料金を請求しないだけで(中には料金を請求する車掌もいるが)実際には必要だし、また新しく出来た高架鉄道(モノレール)や地下鉄は在家の人と同じように料金が必要で、国鉄や長距離バスは路線によって違うが、在家の人の7割くらいの料金が必要だし、航空料金は国内線はほぼ5割(ただしタイ航空のみで他の会社は在家の人と同じ料金)で国際線は在家の人と同じ料金なので、比丘は外出するのに全く現金は必要ないと言うわけでもなくなって来た。

医療費は、公立病院・私立病院にかかわらず在家の人と同じく有料で(公立病院に限って言えば、出家者は保険<日本で言う国民健康保険のようなもの>に加入していないため在家の人より高く付く)、バンコクに行けば比丘専門の病院があり無料だが,地方の寺で修行する比丘には通うのも大変なため、殆どの比丘は利用しないし、また病院予算が少ないため設備も悪く高価な薬は使用できないそうで、多くの国民から信望の厚い高僧と呼ばれる比丘が病まれたときは、医療費を信者が布施して民間の有名病院で治療を受けて居られるようで、中には王家を始めとするロイヤル一族からの布施で治療に当たられている高僧も居られるが、俺のようにペーペーのそれもこの国に親族も居ないものは、大きな病気になったときの事を考えると一抹の不安がある。
3年前に足が化膿し歩けなくなり、1ケ月間入院した時は日本円にしておよそ20万円ほどかかり、その後の通院費用(現在も月一の間隔で通院している)まで合わすと今までに45万円ほど使っているが、俺の場合は幸いにも在家の時にタイに設立した会社が現在も生きていて、会社の役員達(タイ人)が病院代を布施してくれているので、今までのところは問題なく現在に至っている。

この他にも外人比丘にはビザと言う問題が付きまとい、一年有効の比丘としての留学ビザが取れる人でも(日本人は原則として5年間だけ)年に15,000円前後はビザ更新料金が必要で、俺の場合のように5年を過ぎ比丘としての留学ビザが取れなくなると、何があろうと3ケ月に一度はビザ更新にタイ国外へ出なければならず、金銭的負担はかなりキツイものがあります。 特に俺はこうやってビザ更新を兼ねいろんな国を回っているので、どうしても金が必要だ。そういった費用は、信者さんからいただいくお布施や、葬式や日本で言う法事のときにいただくお布施でまかなっているが、法事や葬式などで頂くお布施・お金(一回平均すると日本円にして600円位)だけではとてもじゃないが賄いきれず、俺の場合は先に書いた病院代と同じで、元の会社の役員や日本の支持者からの布施(援助)が無ければ、今日まで比丘を続けることは不可能だったし、これからもこれらの人々からの応援(布施)が途絶えれば、直ちに比丘を辞め日本に帰って来るしか道は無いといつも覚悟をして腹を括っている。俺を含めタイの僧侶たちは誰一人として、タイ国家から一銭もいただいていないのだ。

当たり前のように『金日成将軍によって生活が保障されている』と言い放った広法寺の僧侶は、俺のお経を聞いてライバル心が生まれたのか、自らも小さな木魚を叩きながら、日本のお経と同じく中国から伝わった漢文のお経を唱えはじめた。

この寺の住職からは、日本で言う官僚と言うか公務員、もっと平たく言えば市役所の職員という匂いがプンプン漂ってきてなじめなく、とてもじゃないが好きになったり親しくなりたいと言う感じではなかった。はっきり言って仏教者としての尊敬も湧いてこず、挨拶も早々に退出してきた。

『“今日はあまりにも寒すぎる!”“あまりにも暑すぎる!”“今日はもう遅すぎる!”と、このように言って、青年が仕事を放棄するならば、
機会はむなしく過ぎ去ってしまう。
 寒さも暑さも、草よりも以上のものとは考えないで、人間として為すべきことを実行しているならば、その人は幸せから離れることはない。
マータンガブッタ長老』
テーラガーター 231・232

『以前になすべきことを後でしようと欲する人は、幸せな境地から没落して、あとで後悔する。実に人は実際に為そうとすることを語れ。為さないようなことがらを語るなかれ。実際には為さないのに、口先で語っているだけの人を、賢者は知り抜いている。
パークラ長老』
     テーラガーター 225・226


『僧がいつも心に留めおくことと言うお経』(比丘が朝夕に唱えるお経)

年を経る(朽ちていく)のは私の定めだ
年を経ること(朽ちること)を超えることはできない

病をすることは私の定めだ
病を超えていくことはできない

死ぬことは私の定めだ
死を超えることはできない
愛するものも楽しいことも、いま私の手にあるものは、
やがて他のものに替えられ、私から離れていってしまうものだ

私は自分のカンマを持っている
私のカンマを引き継ぎ
私のカンマに生まれ
私のカンマに支えられることは変わらない
私が行うであろうカンマがどれであれ
善であれ悪であれ
それを私が引き継いでゆくことになる
このことを、いつも覚えておかなくてはならない

(すべてのものは有限の存在である。 死を超えることは絶対できない。
 すべての生きものは朽ち、そして死ぬ。
これは何人も超えることのできない真実である)