活動報告

タイ・瞑想ツアー

実践的ヴィパッサナー瞑想
    
マハーシ瞑想センター(ミャンマー・ヤンゴン)

【これは、ミャンマーのヤンゴンに在る、『マハーシ・ヴィッパサナー瞑想センター』の
創設者・マハーシ大長老(故人)が、在家の瞑想修行希望者に書かれた
『瞑想入門書』の日本語版を追加及び訂正し、手を入れさせて頂いたものです。(藤川)】
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(2)
 長く座禅をすると、しびれや熱さが身体に生じるでしょう。
また痛みや疲れを感じることもあるでしょう。
これらもすべて注意深く観察し確認(サティ)して下さい。

 このとき
『私は熱い』
『私はしびれている』
『私はその瞬間、大丈夫だった』
『私は、今感じている不快な感覚が不安だ』など、
これらの感情と自我とを同一化するのは間違いです。

これらの感覚には『私』など含まれていません。ただ、別な感覚のあとに、
新しい不愉快な感覚が連続しているのにすぎません。
感覚は、他の感覚の後に生じます。身体のしびれ、熱さ、痛みの感覚の
いずれの感覚も、注意深く意識して確認(サティ)するべきです。
瞑想者が瞑想実践を始めたばかりのときには、これらの感覚は増大して、
姿勢を変えたくなるかもしれません。
この『姿勢を変えたい』という欲求自体も、身体のしびれや熱さを観察した後で、
きちんと確認(サティ)されるべきです。

 忍耐は涅槃(悟り)に導くといわれます。
それは、瞑想の努力をする人のためには、とても適切な言葉です。
人は、瞑想するにあたって、忍耐しなければなりません。
もし、しばしば姿勢を変えたくなるようなら、
それは身体のしびれや熱さを感じるからですが、
その場合正しい集中(サーマディ)を成長させることはできません。
もし正しい集中が出来ないなら洞察の智慧は実らず、
涅槃に導かれる道とその道の果には到達しません。
瞑想には忍耐が必要なのです。

 この場合の『忍耐』とは、主として、しびれや熱さ、痛みや他の苦痛、つらい感覚など、
身体の不愉快さに関する忍耐のことです。
そのような不愉快な感覚が起こったり、姿勢を変えたくなるときも、
すぐにあきらめるべきではありません。
忍耐強く
『しびれ、しびれ』
『熱い、熱い』と確認(サティ)しながら瞑想を続けて下さい。
集中が上手くいって強くなると、緊張した感覚は消え去っていく傾向があります。
そうなってから、お腹の『ふくらみ』『縮み』の確認(サティ)することに戻って下さい。
しかし長い間確認(サティ)を続けても、ある感覚が消え去らない場合は
姿勢を変えるべきです。
姿勢を変える場合は、そのときから確認(サティ)を始めて下さい。
『変えたいと望んでいる。変えたいと望んでいる』と確認(サティ)します。
もし腕を上げるなら『上げる、上げる』
動くなら『動いている、動いている』
触れるなら『触れている、触れている』と確認(サティ)して下さい。
もし身体を揺らすなら『揺れている、揺れている』と、
足を上げるなら『上げている、上げている』と、
下ろすなら『降ろしている、降ろしている』と確認(サティ)します。
そして、もし姿勢が一定になったら、静止しているだけでなく、
お腹の『ふくらみ』『縮み』に戻って確認(サティ)して下さい。
その間、休まないで下さい。
中間に隙間があってはいけません。
前の確認行為(サティ)と、後に続く確認行為(サティ)、
前の集中力と後の続く集中力、
前にくる智慧と後にくる智慧の間に、隙間がなく、連続している事が大切なのです。
そのようにして初めて、瞑想修行者の智慧は、
それぞれの成長の段階を経て、継続的に上昇いていきます。
このような働きにはずみがついてきたときに、
初めて、瞑想の道程と結果に関する智慧を、獲得することができます。
瞑想のプロセスは、枯れ木を力強く休みなくこすり合わせて、
火を起こすのによく似ています。
充分に熱がたまったときに、パッと炎が燃え上がるのです。
同じように、ヴィパッサナー瞑想は、起こってくるどのような現象をも、
確認(サティ)するという行為を、絶え間なく継続的に行うことが大切です。


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