今日は7月12日の水曜日だ。 タイ陰暦8月満月(一昨日10日)はタイ全国の寺で三宝節が盛大に行われ、 生憎の雨天で満月は望めなかったが、夕刻7時過ぎにはお花・センコ・ロー ソクを両手に捧げもった、熱心な信者さんが本堂の周りに三々五々と集まっ てこられ、おりからの雨にも負けず比丘衆を先頭に五列に並び本堂の周りを 三回回って、その昔にインドのサルナートでブッタが成道後初めて5人の修 行者に法を説かれ、佛・法・僧の三宝が揃い仏教サンガ(宗教としての仏教) が成立した、仏教徒としては記念すべき日を祝った。 そして明けて11日は、今年のパンサー(雨安居)入り(私にとっては14回目)。 今年のパンサーをこのポムケウ寺で修行をする比丘全員(今年は和尚以下99名) が、夕刻の5時に本堂へ集結していつも通り夕課のお経を唱えたあと、和尚から パンサー期間中の注意事項や心構え修行上の指導などの講話を頂いたき、比丘 それぞれが托鉢用の鉢の蓋やお盆・お皿の上に、花とセンコにロウソークを載 せ捧げもち、本尊に向かって『この雨季の3ケ月間をご本尊の下で修行に励ま させて頂きます。』と誓いパンサー入りの儀式を終えた。 我々比丘にとってパンサーは、言ってみれば正月元旦のようなもので、タイ を初めとする南方仏教国で仏教が上座部仏教と呼ばれる如く、このパンサーを 何回経たかで座る席順まで決められ、通常パンサーを10回以上経た比丘は 『長老(アーチャン)』と呼ばれるようになり、戒律が完全に身についたと判 断され、日常の行動も自主管理で自分の望む修行方法が取れるようになり、一 般の信者さんからの尊敬と信頼を頂くことになる。 で、俺はと言われると、出家年数こそ14パンサーを数え一応は長老と呼ば れているが、その中身といったら“バーリ語のお経の意味もよく理解できず、 仏教理論も上滑りで何も深く判っていなく、人様を導いたりなどとてもじゃな いが・・・・・・・・・・・・・”と言う至ってお粗末な名前ばかりの長老で、 信者さんから『アーチャン』と呼ばれる度に冷や汗を掻く、人の足音が近づい たら穴へ逃げ込む砂浜の蟹のような、我ながら恥ずかしい日々を過ごしています。 誰しもが新年を迎えた元旦に『一年の計』を考えるように、俺も毎年のカウ パンサー(入パンサー)に『一年の計』を立てているのだが、今年は第一に “日本での活動拠点を作る”ということだ、幸いマイミクの“おやじさん”の ご好意で、東京の新宿大久保に小さなアパートの一室貸して頂くことが出来た ので、このパンサー明けにでも直ぐこのアパートへ駆けつけ、寝泊りが出来る ように整えようと考えています。 今のところ寝泊りする布団すらない状態ですが、マイミクのNさんが中心に なって準備してくださっているので、いずれ必要な品物のリストを作って貰い、 この日記と『おもろい坊主を囲む会』のコミニティに掲載させて頂きますので、 もし押入れの中にでもご不要の品が眠っているようだったら使わせてください。 坊主の身でこんなことを言うのも何かとは思いますが、ここ14年間タイで 皆様の厚い宗教心に支えられ、朝・昼の食事は勿論、寝るところから着るもの まで、電気代・水道代などの一人の人間が生きていくのに、最低の必需品や 公共料金の心配もせず、修行と称してノホホンと甘えて生きて来た俺、果たし て日本で生きられるのか?と心細い思いが無いと言えば嘘になります。 現在日本社会の抱える、先行きが不透明な不安感・増える続ける団塊世代、 中高年の引き篭もり・中高生の登校拒否・働く意欲をなくした若者・毎日のよ うに新聞やテレビを賑やかしている子供殺しや虐待・毎年3万人を超す自殺者 等々・・・・・・・・・、俺になにが出来るわけでも無いのは充分判っている、 でもこのままタイの僧院でジーット高みの見物をしていることはもう俺には出 来ない。 日本へ帰り、苦しみもがく人達の中に入り共に涙流して苦しもう、と日本で の活動拠点つくりに踏み出すことにしたのです。 当分は一年の大半を日本で暮らし、パンサーはタイの寺で過ごさせて頂こう と考えています。 なんの力も地位も知恵も無い一介の乞食坊主ですが、身を粉にして動き回る 自信と、日本を思う熱意だけは人一倍持っている積もりです。 日本での活動を、地に着いたものとして続けていくために、皆様に食を・行 動費を乞うことになることもあるとは思いますが、どうかご支援のほどお願い 致します。 |