和尚に
『狭いけど寝泊りして、比丘として修行と活動の出来る場を、
多くの人々が協力してくださり、東京に準備してくださった
ので、このパンサ―が明けたら日本へ拠点を移したいのです
が』と伝えると
『“ワット・パクナム:日本”からタイの寺へ帰ってきた比丘が
「日本では托鉢に歩いても食事の布施をしてくれる人がいなく、
寺のある成田近辺に住んでいるタイ人と、日本で仕事しているタ
イ人スポンサーのお布施無しでは、日本での比丘としての修行と
布教活動は不可能だ」と、言っていると聞いたが、日本にタイ人
の知り合いも居ないキヨヒロは、どうして生きていく積もりだ?
ブッタも“飢えは最大の病気であり苦しみだ”と言っておられる。
日々の食無しでは、寝泊りできても、修行どころか活動など出来
ないのでは?』と和尚に聞かれた。
そして
『このタイに居れば何が無くとも取りあえず、鉢を持って歩けば、
どこに居ても、知り合いが一人も無くても、この黄衣さえ身にま
とっていれば飢えることは絶対無い!キヨヒロももう若くはない。
日本など戻らずこのタイで比丘として生涯修行すれば?もしこの
寺が気に入らないのなら、キヨヒロの行きたいどこの寺にでも推
薦状を書いてやるから』
と、心配そうな顔で言ってくださった。
俺もハッキリ言って、和尚以上に、托鉢の修行僧に食事の布施を
する慣習が皆無、と言ってもいい日本で、それも東京で命を繋い
でいける見込みも、自信もまったく無いだけに、和尚のありがた
い言葉を聞いて、感謝!感謝!感謝!で涙が零れ落ちそうになった。
昨日、オーム真理教の麻原(松本)の死刑が確定したと聞いたが、
俺が
『宗教の名を語って、それも仏教を名乗って、善良で純真な若者を
人殺しの集団に引きずり込んだ奴は許せない。でもオームに引き込
まれ、人としての道を踏み外し人生を棒に振った若者を救うことは、
もう今となっては俺には出来ない。でもこの先行きが不安な現状の
日本、オームは潰れてもまた第二の第三の・・・・・オームが、オ
カルト宗教が現れ、純真に宗教を、人としての道を求め、人間とし
て信じるものを求めてやまない、精神的安らぎを求めてやまない、
無垢で純真な若者をとんでも無い方向へ導き、道を誤めさせ、人生
を狂わす集団が、宗教を仏教を名乗って現れるのは確実だ!俺も縁
あってブッタに引かれ魅せられ出家の道を選んだ身。それも50に
もなって出家して、ブッタの弟子を名乗るにわか坊主。この俺には
ブッタの説かれた法を正しく人に説く、智恵も・知識も・資格も・
自信もないが、恥ずかしく乏しい俺の智恵と知識を、曲がりなりに
もブッタの弟子としての、俺の比丘としての言動を見てもらい、俺
の求めてやまない『人生哲学・人生の指標・実践哲学』であり『人
としての歩むべき道・普遍的道徳』としての、ブッタの教え・仏教
を伝え、オームのようなオカルト集団に走る若者を、例え一人でも
二人でも引き止めたい。この世に生を受け、老いてブッタに導かれ、
命を繋がさせて頂いている身として、残された人生を精一杯に生き
たい』
と、こんな思いを、今は亡き遠藤誠弁護士に伝えてもう何年の年月
が過ぎたのか、今、やっと多くの人達の篤い想いのお陰で、実行に
移す機会を与えて頂くことが出来た。
限りあるこの世での命を生かさせて頂いている身、どこに居ても・
何をして居ても・どんなに恵まれて居ても、明日の命の保障が無い
のがこの生身の人間、先を恐れていては何も出来ない!
65年間も生を繋がせて頂いた今、例え『お前になにが出来るのだ』
と言われようと、和尚の温かい気持ちを踏みにじることになっても、
パンサーが空けたらインドへ飛び、ブッタが初めて“仏法”を説か
れた地『サルナート』に行き、ブッタがお座りになった地に座して
平伏し、この想いをブッタに聞いて頂き、決意を新たにして10月
末には日本へ飛びます。
こんな中途半端坊主ですが、日本を憂う熱い気持ちだけは、誰にも
引けを取らないと自負しています。
皆さん、今後なにかにつけご無理をお願いして、甘えさせて頂くこ
とが多々おこると思いますが、どうかこんな俺に力を貸してください。
合掌
藤川チンナワンソ清弘
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